『おでかけしましょ』 from 新哉様

 でえと、という言葉から連想するのはなんだろう。
 
 映画館、喫茶店、公園、買い物?
 …そんなものだろうか。
 
 だが、いまいちどれもしっくりこない。
 大好きなひとと一緒にいられるだけで満足してしまいそうになる自分を叱咤して、必死に考える。
 そう、デート。デートなのだ。
 グラウンドでサッカーの練習を見てもらうのとはわけが違う。(いやそれもかなり嬉しいが)
 
 しかし! しかし、自分たちは恋人同士なのだ。
 一度や二度のデートに憧れたところで一体どんな罪があるだろう? いやない!(反語)
 
 と言うわけで太一をデートに誘おうと思ったのだが。
 …デートというのは、一体どこに誘ったらデートになるのだろう。
 もちろん太一が気に入る場所でなければ駄目だ。
 更に小学生の自分の予算内に収まる場所で。
 それからデートっぽい場所。
 
(…どこだよそれ…?)
 
 大輔は1人で頭を抱えた。
 
 
 
 
 待ち合わせ55分前。
 大輔は既に指定の公園でスタンバってた。早すぎだろ、と突っ込む相手は残念ながらいない。
 背筋をしゃきっと伸ばし、両手は膝の上、身じろぎすらせずベンチに腰かけている。
 通りすがりの人が訝しげに彼を振り返っても気にしない。というかできない。
 …まばたきしてるのかどうかも怪しいところ。
 
 待ち合わせ30分前。
 …まだ動かない。
 
 待ち合わせ20分前。
 うろうろと視線が彷徨いはじめた。
 
 待ち合わせ10分前。
 熊のようにそこらをうろつきはじめる。
 
 待ち合わせ5分前。
 3秒ごとに腕時計を眺めつつ、ベンチの周りをひたすら回って歩く。
 
 待ち合わせ、2分前。
「…あれ? 早いな大輔」
 声に振り返る。…その先に、お日様のような笑顔。
「───太一先輩ッ!」
 愛しの太一先輩ご到着。
 
「待ったか?」
「いいえっ、全然! 今来たトコです!」
 言って、じーんと1人で浸る。
(ああっ、お約束っつーか…恋人同士の会話みてえ…)
 …恋人同士である。
 
「…で? どこに行くって?」
「…ええと…とりあえず、水族館とか…行ってみません?」
 大輔はあらかじめ取っておいたチケットを取り出して見せる。
「いいぜ。…行こうか」
 太一が笑顔で頷いた。
 
 その笑顔ひとつで満たされそうになる自分を制し、こっちですと案内する。
 そしてふと思った。
(…デートって言ったら…)
 大輔はさりげなーく、太一の手を取った。
 
「いいいいいいいい天気ですね」
「──────そう、だな」
 
 今ひとつ鈍い太一の反応に。
 振り返ると、なんとなく大輔から目を逸らしていた。
(………気のせい…だよな…?)
 自分にそう言い聞かせ。
 大輔は前を向いて、ぎくしゃくと歩いた。
 
 
 
 
 
「マンボウって…前から見るとアレだよな」
「…はあ、そうっすねえ…」
 二人で妙な感心をしながら水槽を覗く。
 ぬぼーっとした顔で、話題のマンボウが二人を見返していた。
 
(なんだ…やっぱり気のせいだよな)
 楽しそうな太一の様子に、大輔はホッと胸を撫で下ろした。
 今はちゃんと目を合わせてくれるし、楽しそうな笑顔も見せてくれている。
(なんだなんだ、ちゃんとデートっぽいじゃん)
 大輔は浮き足立って、太一と一緒に次々水槽を覗いて歩いた。
 
「あ───太一先輩、イルカ!」
「え? あ…ホントだ」
 円状に並ぶ椅子に囲まれた、大きなプールの中。
 陽射しの照り返しも眩しい水面から、ざばあっと音を立ててイルカがジャンプした。
 
「……すげ、俺イルカって初めて見た」
「あ、俺もです!」
 
 きらきらと輝く水しぶき。
 水面を蹴っては輪をくぐり、再びいくつもの光を散らして水面に戻る。
 響く歓声と水音。太一は一番上の柵から身を乗り出すようにしてそれを見つめた。
 
(───太一先輩)
 
 目を輝かせてイルカに見入る太一は、いつになく子供っぽくてやけに可愛かった。
 わずかに頬が紅潮している。大輔がこれだけ凝視しても気付かない。
(いつもなら絶対気付くのに)
 だからこんな風にじっくり太一の顔をみることなんか稀で。
 もうイルカなんか頭の外で、ただ太一を見つめていた。
 
「───…きれいです」
 
「─────え?」
 太一がびっくりしたようにこっちを向いた。
 それに、自分が思ってたことを口に出してしまっていたのだと気付く。
 
「あ…いや、その」
 
 口を抑えて。
 だけどどうしても言いたくて。
 この会場で、イルカに見入る誰よりも熱っぽい眼差しで。
 
「きれい───だと、思ったんです。太一先輩、が……」
 
 …太一が。
 うつむいて、柵をつかんで口元を抑えた。
 見間違いでなければ足元もちょっと怪しい。
 
「た……太一先輩?」
 怒っただろうか、と思って慌てて顔を覗き込もうとした。
 …ら、ぺしっと頭を叩かれる。
 
「…アホ。恥ずかしい奴だな」
 顔はよく見えなかった。大輔は叩かれた頭を抑える。
「…行こうぜ。イルカはもう見たし」
 わずかにぎこちなく言って、顔ごと目をそらすように奥を見た。
 丸めたパンフレットが完全に握りつぶされている。
 
(ひょっとして)
 その後に続きつつ、大輔は思った。
(すげえ───怒ってる?)
 
 
 
 
 なんとなく会話がなくなった。
 ただ黙々と水槽を見て歩く。前半戦が楽しかっただけにこれは救われない。
 言わなきゃ良かったかな、と思いつつ。
 目に焼き付いて離れない太一の横顔に、何度でも同じ事を思ってしまう。
 
(だって───きれいだったんだよ。すげえ)
 誰にともなく言い訳するように、胸中でつぶやく。
 前を行く太一を見つめて。
 大輔は思い切って、その手を…取った。
 
「…待ってください太一先輩」
 呼び止める。
「…なんだ?」
 声が返ってくる。けれど、こちらを向いてくれない。
(いつもなら)
 いつもなら、必ず───目を見て話してくれるのに。
 
「怒ったんですか?」
「…違うよ馬鹿」
「だって。こっち見てくれないじゃないっすか!」
「…察せよ。それくらい。頼むから」
 どこか途方に暮れたような声で言われた。
 
(俺が、無神経だから怒ってるんですか?)
 手を取ったまま、大輔の方も途方に暮れる。…そりゃ神経の通ってる方だとは思わないが。
 察せと言われても、何を察すればいいのか見当もつかない。
 
「……太一先輩、俺のこと…嫌いになりました?」
「…なるか馬鹿。
 だからお前は馬鹿だって言うんだ」
「───。そうですよ馬鹿ですよ!
 だからちゃんと言葉で言って下さい!
 そしたら俺、どんなトコでも頑張って直しますから───…」
 必死に言い募る。
 …と、太一はへなへなと横の水槽にもたれた。
 大輔に取られたのとは逆の手で、自分の額を抑えている。
 
「…それじゃその恥ずかしい所でも直しとけ」
 脱力し切った声で言われた。
 
 大輔は考えた。
 しばらく考えた。
 考えたが───わからなかった。
 
「…何が恥ずかしいんですか?」
「…なんかもー色々」
「わかりませんよそれじゃ…太一先輩?」
「─────っ、あのなあっ!」
 
 とうとう堪えきれなくなったように太一が振り返った。
 大輔は絶句する。
 
 顔が真っ赤だ。
 目が潤んで、茶色の双眸がわずかに揺れている。
(─────か)
 
「わかれよ! 頼むから!
 それだけ恥ずかしいことばっかしといて、1人でわかんねえ世界にいるな!
 なんか俺だけアホみたいだろーがッ!!」
 ヤケのように太一が怒鳴った。
 大輔は言葉を失ったままその顔を見つめる。
 
(か、か───…かわいい)
 
 …そう言えば口を閉じるのを忘れていたかもしれない。
 
 大輔は強引に太一の手を取った。
「だっ…大輔?」
 慌てたような太一の声を聞かず、黒いカーテンの小部屋に入る。
 いくつかの熱帯魚の水槽を置いた部屋だった。薄暗く、人もいない。
 緑や青のさかなが泳ぐ、さほど大きくもない水槽をライトで照らしてある。
 
 その一番奥の水槽の陰に入り、太一の背中を水槽の台に押し付けた。
 
「だ───だい────…」
 
 太一の後ろで、ちいさなさかなの群れが緩やかに泳いでいた。
 ライトの仄かな明かりに浮かぶ、太一の顔。
 
 ───わかれよ! 頼むから!
 
 まさか太一に言われるとは思ってもみなかった。
 いつもいつもいつも、太一の行動にどきどきさせられては馬鹿みたいだと落ち込むのは、自分の方だったのだから。
 
 引き寄せる。唇を寄せる。
 いつになくうろたえる太一がやけに可愛かった。
 水槽に左手を突いて、目を閉じる。
 
 唇を、重ねた。
 
「───ん、う…」
 太一がちいさく声を上げる。
 それさえも逃すまいとするかのように、唇の隙間から舌を忍び込ませた。
 太一の手が、力なく大輔の右手にかかる。
 
「────…ふ、……う────」
 
 長く太一の口内を味わい、それから…ゆっくりと顔を離した。
 
 そのまま崩れ落ちそうになる身体を慌てて支える。
 自然、抱き合うような形になった。
「は───放せ馬鹿!」
 太一はますますうろたえ、大輔の肩を押す。
 
「放しません。馬鹿だから」
「第一誰か来たらどうすんだよ!」
「見えませんよこんな所」
「水槽覗いたら一発だろーが!」
「そしたら貧血だとでも言えばいいじゃないですか」
 
 今日の大輔はなんとなく一味違った。太一は頭を抱える。
「お前───お前なあ…」
「太一さん」
 大輔が耳元でささやいた。
 
「───好きです」
 
 太一は、一瞬目を見開いて。
 それから諦めたように、力を抜いた。
 
「───他の客が入ってきたら放せよ」
「はい」
「絶対だからな」
「はい」
 
 大輔は幸せそうに笑って、太一のやわらかい髪に頬を当てた。
 デートの時間はまだたっぷりある。
 その時間を、こうしてただ大切な人を抱き締めて過ごすのもいい。
 
 あなたといられれば、それだけでしあわせ。
 
 
 
 
おまけ

新哉さんのサイトで999番を踏んで……何回踏んでんだ、私(爆)
実は、もう一回踏んでます。1111。666に777に999に1111……ゾロ目ゲッターと呼んでください(爆)
 
今回なんと大輔×太一さんをリクエストさせてもらいました。新哉さんとこの話ですっごい可愛い話があるんです。ですんで、それ系統を……と。
そしたら、想像以上に可愛い太一さんがやってきました。かかか可愛すぎです太一さん……。
 
新哉さん、いつもありがとう〜v