『決戦は金曜日』 from 新哉様 |
「太一さん、今度の日曜日、一緒に出かけない?」 タケルにそう問い掛けられ、太一は目をまたたかせた。 「…どこにだ?」 「映画。ほら、太一さんこの前見たいって言ってたじゃない。 チケットが2枚手に入ったんだ」 にこにことチケットを差し出され、太一はしばし考えた。 次の日曜は、幸い部活は休み。ずっと行きたいと思ってた映画だ。 「───でも、いいのか? ヒカリとか大輔とかも行きたがってたと思うけど」 「うん、僕太一さんとがいいなあ…駄目?」 ちょっと首をかしげて見せながら、タケルは8割方成功を確信していた。 …そう、不安要素があるとすれば… 「…それじゃ」 太一が笑って、「い」のカタチに唇を動かした瞬間。 「ちょっと待った───ッ!!」 校門の奥からヤマトが飛び出して来た。チッとタケルがちいさく舌打ちする。 出た。不安要素その1。 「いいよ」だったのか「行こう」だったのか「嫌だ」だったのか、 結局太一の言葉は唇の中に消えてしまった。 仲のいいはずの兄弟の間に、激しく火花が飛び散る。 「(もうちょっとだったのに…)どうしたのお兄ちゃん? 今日はバンドの練習があるんでしょ?」 「(油断も隙もない…)ちょっと太一に用事があってな」 「そう? でも太一さん今僕と大事な話の最中だから。 …太一さん、僕と映画行くよね?」 「あ───…むぐ」 「まて太一! ちょっと待て!」 ヤマトは、返事をしようとした太一の口を慌てて塞いだ。 「…お前が行きたがってた映画の! チケットが手に入ったんだよ! …一緒に行かないか!?」 「───へ?」 ヤマトの手から解放された太一が、きょとんと目をまたたかせる。 「…お前も?」 「ぐ…偶然な」 一瞬視線を彷徨わせて答えるヤマト。 「…ちょっと待ってよお兄ちゃん。 僕が先に太一さん誘ったんだけど?」 「…友達同士で行ったらどうだ? 大輔とかいるだろ。色々と」 「僕は太一さんがいいんだよ。お兄ちゃんこそ他の友達と行ったら?」 「…俺だって太一がいいんだよ」 笑顔で会話する兄弟。図だけ見てると微笑ましいのに、妙な寒気がするのは何故だろう? 罪もない下校中の一般生徒が、ビクッと肩をすくめて目を逸らしてささっと足を速めている。 「…お前らー?」 太一が困ったように首をかしげた。 「…じゃ、俺いいからお前らで行ってくれば?」 「「それじゃ意味ない!」」 2人同時に怒鳴られ、太一はきょとんと目をまたたかせた。 その時。 「た───いちせんぱぁ───いッ!!」 がばっと背後から抱きつかれた。 太一がわずかによろめく。ヤマトとタケルが「あーっ!」と声を上げた。 「だ…大輔?」 「はいっ! 太一先輩!」 コアラのように太一に抱きついたまま、大輔が勢いよく答える。と、同時にばっと何かをかざした。 「太一先輩の行きたいって言ってた映画のチケットです! 俺と一緒に行きましょーよッ!!」 「…え?」 そこまで言ったとき、大輔はふいに襟首をつかんで太一から引き剥がされた。 ヤマトとタケルの2人にずるずると物陰に引きずって行かれる。 太一はぽかんとしたまま3人の消えた方向を見つめた。…程なく2人は戻ってくる。 「…2人?」 太一は何となくつぶやいた。1人足りない。 「大輔君は急用ができたって帰ったよ太一さん」 「…忙しい奴は大変だな」 ごくさわやかに微笑む2人に、何となく釈然としないながらも…太一は納得した。 「…そっか。サッカークラブかもな。 ところで映画だけど…」 「どっちと行くんだ?」 「もちろん僕とだよね?」 …何だかよくわからないが、2人とも…視線が怖い。 「…ええと…」 間をもたせるようにうめきながら、太一は首をかしげる。 …どうしよう。 「太一さん」 その瞬間、ぽんと肩を叩かれた。 振り返る。…今度は光子郎だった。 「何してるんですか校門前で。 随分目立ってますよ?」 「…光子郎」 幾分かホッとして太一はつぶやいた。…彼ならなんとかこの場を収めてくれるかもしれない。 「その、ヤマトとタケルが映画に…」 「…映画?」 光子郎の目が一瞬鋭く光り、2人と何やら視線を交わす。 しかし次の瞬間には穏やかな笑顔で鞄を探り、何かを取り出した。 「…映画で思い出しました。 太一さんが行きたがってた映画、チケット取れたんですけど。 一緒に行きませんか? …僕と」 「──────…」 太一は絶句した。…嬉しくないわけではない。むしろ嬉しいのだけど。 (…どうなってんだみんなして) しかも辺りに漂っている謎の緊迫感が何やら怖い。 「…あのさお前ら…何か、あったのか?」 控え目に太一は尋ねてみた。3人は首を振る。 「別に」 「何も」 「全然」 じゃあ何なんだよ、と言い募ろうとしたとき。 「お兄ちゃん?」 控え目に声をかけられた。 視線を移せば、赤いランドセルを背負ったヒカリがこちらに歩いてくるところだった。 「ヒカリ! …どうした?」 「うん。お兄ちゃんに用事があって」 にこ、とヒカリが微笑む。その場にいた他の3人が、あからさまに「マズイ」という顔をした。 「日曜日にね、買い物に行くんだけど。 お兄ちゃん付き合ってくれない?」 「…え?」 「お願い。…それにね、お兄ちゃんが行きたがってた映画のチケットがあるの。 付き合ってくれたら、お礼に一緒に映画に行きたいんだけど」 「…それ言いにわざわざ学校まで来たのか?」 太一はきょとんと目を見開いた。どうせ家に帰れば会えるのに。 「うん。…どうもモタモタしてる場合じゃないかなって」 ふふ、とヒカリは謎の微笑を浮かべた。 (…なんでわかったんだ…) (さすがヒカリちゃん、侮れない…) (どうする? マズイ展開だぞ…) 3人は一様に焦った。 ストレートに映画に誘うよりも、ヒカリの「お願い」の方が強力なのは目に見えている。 現に太一の気持ちも、当たり前のようにヒカリに向いたようだった。 太一は3人の方を向き、何か言おうと口を開きかけ───… そのまま固まった。 「───…?」 固まった太一の視線は、3人を通り過ぎて背後に向かっている。 全員それを追いかけ、そちらに注目した。 「…あ」 「…しまった」 タケルとヤマトがちいさくつぶやく。 なぜかロープでぐるぐる巻きにされ、泥だらけになった大輔が荒い息をつきながらそこに立っていた。 (仕損じたか…) (詰めが甘かったね。もっと深く穴掘っとくべきだった) 兄弟でぼそぼそ言っていると、ヒカリが歩み寄ってきてちいさくささやいた。 (…なにしてるの2人とも。 もっときっちりとどめさしておかなきゃ駄目じゃない) (そうだね。ちょっと甘かったみたいだ) (………) 「ど…どうした大輔!!?」 太一が慌てて駆け寄る。 「た───いち、せんぱい…」 ぼんやりした眼差しで、傍にきた太一を見上げた大輔は…そのままふらりと倒れこんだ。 「! …大輔!」 太一は慌てて大輔を抱きとめる。背後で空気が軋んで嫌な音を立てたが、それには気付かなかった。 「どうした! デジモンの襲撃か!?」 「…で…デジモンっつーか…もっと身近な敵に…」 「…? 何があったんだ…?」 大輔はすぐ間近にある太一の心配そうな顔を見上げ…どさくさに紛れてぎゅっと抱きついた。 「太一先輩…! 死ぬ前に、俺と映画に…」 「…太一さん、救急車が着きました」 その瞬間、光子郎の嫌に冷静な声と共に大輔が引き剥がされた。 いつの間にかそこにいた救急車に(サイレンを聞いた覚えがなかったが)大輔を引き渡し、光子郎は淡々と救急隊員と言葉を交わす。 「はい。…はい、そうです。それじゃよろしくお願いします」 「…え? ち…ちょっと、俺は太一先輩と…」 「お大事に大輔君。しばらく入院しててくださいね」 「たっ…太一せんぱ───いッ!!」 戻ってきた途端に救急車に積み込まれた大輔は、再び退場していった。 「…だ…大丈夫かな大輔…」 「大丈夫ですよ太一さん。…それより、太一さん…」 打って変わって優しげな顔で、光子郎が太一の顔を覗き込む。太一は戸惑って目をまたたかせた。 「…なんだ?」 「…すみません、強引すぎましたね。急に誘ったりして。 迷惑…でしたよね。 太一さんを困らせるつもりじゃなかったんですが…ほんとうに、すみませんでした」 いきなり頭を下げられ、太一は焦って光子郎の肩をつかんだ。 「迷惑なんかじゃないって! やめろよ光子郎…」 「…ほんとうですか?」 「ホントだよ。誘ってもらってどっちかっつーと嬉しい。 あの映画、楽しみにしてたし…」 光子郎は顔を上げ、嬉しそうに笑った。 「…それじゃ…良かったら、チケット受け取ってもらえませんか? 僕も楽しみにしてましたし、それに…太一さんと一緒に行きたいんです」 奇策・泉光子郎。押して駄目なら引いてみろ。 太一も迷ったように視線を揺らした。 「…太一さん!」 咄嗟にタケルが飛び出した。 太一の前に回り(当然光子郎を押しのけて)、真剣な眼差しで見つめる。 「太一さん…僕だって太一さんと行きたいんだ」 「…タケル」 困惑する太一は、後ろから肩をつかまれて強引に振り向かされた。 「…太一。俺と行ってくれ…頼む」 「ヤマト…?」 見たこともないほど重い視線に、太一はますます戸惑った。 事態がつかめない。今一体何が起こっているのか。 「…お兄ちゃん…」 呼ばれ、視線を下げる。 悲しげな目でこちらを見上げる妹の姿。 「…ヒカリ…」 「行っちゃうの?」 太一はなんだか自分がこれから戦争にでも出かけるような気分になってきた。 (…待て。何なんだ。 なんでこんなことになったんだ…?) 太一は泣きたいような気分で額を押さえた。 四方から突き刺さる真剣な眼差し重い。 太一を誘った面々は、固唾を飲んでそれを見守った。 「───わかった」 とうとう太一は腹を決めて顔を上げる。 (…よく考えたら、そう悩むようなことでもないよな) 自分の希望を言えばいいだけの話だ。 「映画には」 「…映画には?」 まるで裁判の結果待ちのような顔で4人は聞き返した。 「本当にいいのかい? 僕らまでチケットもらっちゃって」 「ええ。どうせ余り物のチケットですから」 恐縮したような様子の丈に、光子郎が笑った。 「でも嬉しいですっ! あたしこの映画すっごく見たかったんですよね〜!」 「僕もすごく興味ありました。 …誘って頂いてありがとうございます」 京と伊織も嬉しそうに礼を言った。 「そんな…お礼ならお兄ちゃんに言って? みんなで行きたいって言ったのはお兄ちゃんだもの」 光子郎と同じくチケットを提供したヒカリが、ちいさく笑った。 「何言ってんだ、俺は感謝する側だろ? …悪いな、わがまま言って」 後ろからヒカリの隣に並び、太一が済まなそうに謝った。 『俺は、みんなで行きたい。あくまで俺の希望だけどな。 ───みんなは? 嫌か?』 太一にそう言われては、嫌と言えるはずもない。 どうせなら、と言うことでそれぞれペアでチケットを取っていた分を、丈と空と京と伊織にも回したのだ。 「───当初の予定とは大分違うけど。 太一さんが喜ぶなら…ま、いっかな」 「…まあ、そうだな」 ヤマトとタケルは、本人には聞こえないような声でこっそりとささやき合った。 大人数になったメンバーに、それでも太一は嬉しそうだった。 …その笑顔を見てしまえば、何もかもしょうがないなという気にさせられてしまうのに苦笑する。 「…でも、計算が合わなくない?」 「何がだ?」 歩きながら不思議そうな顔をする空に、太一が首をかしげた。 「だって…4人がそれぞれペアでチケット取ってたのよね。 それで私たちは余りをもらったわけだけど…太一、丈先輩、私、京ちゃん、伊織君…5人いるわよ? チケット1枚足りないじゃない」 「──────」 はたと気付き、手近なところにいた光子郎を見遣る。 光子郎は微笑んで答えた。 「譲ってもらったんですよ。丁度空いてたチケットがあったので」 「…そうなのか? 誰に?」 チケットを提供した4人が、一瞬視線を交わして意味ありげに笑った。 「ええまあ───ちょっと、知り合いに」 そのころ、病院では───… 「っきし! くそ…覚えてろよあいつら…太一せんぱ───い!」 ベッドに括りつけられた大輔が、くしゃみをしていた。 おまけ |
新哉さんのサイトで1111番を踏んで、書いてもらった太一さん争奪戦。 高石田兄弟極悪です。光子郎さん怖いです。んでもってヒカリちゃんさりげに最凶?(汗) ここの人達、お互いに攻撃するのを恐れるあまり、大輔くんに集中砲火かましちゃってる気がします。だって後が怖いから(^^;;というわけで、あわれ大輔(苦笑) そしてそして。太一さん……最後までよくわかってない貴方が好きv(笑) 新哉さん、何度も何度も何度もすみません。ありがとうございましたv |