『突然嵐の如く』 from 新哉様

 
 
 
「要するに。
 進化さえしなければ、奴らに勝ち目はないんだ」
 デジモンカイザーこと一乗寺賢は、今日も今日とてスクリーンに向かって怪しげなプログラムを組み立てていた。
 
「どうするの? 賢ちゃん」
「ふっふっふ。
 奴らのデジモンの成長に必要なデータを、こっちのデジモンに取り込むんだ。
 そうすれば奴らのデジモンは幼年期に戻り、こっちのデジモンは成長するって寸法さ」
 
「賢ちゃん…なんかもうオチは読めたから、やめた方が…」
「オチって言うな───ッ!!」
 
 ビシイッ!!
 
 カイザーは思いっきり鞭を振り回した。
 …狭い部屋でそんなことをしたので。
 
「「…あ」」
 
 さっきまでプログラムを組んでいた機械が、パチパチと危険な火花を散らしていた。
 
 
 
 
 ソレは唐突に訪れた。少なくとも彼らにとっては。
 
 どっかーん!
 
「うわっ!」
「なんだぁっ!!?」
 
 きこりのごとくダークタワーを倒しまくっていた選ばれし子供たちは悲鳴を上げた。
 もうもうと土煙が立ち込め、すぐ隣の景色も見えない有様である。
 
「太一、大丈夫かっ!?」
 目を庇いながらヤマトは手探りで太一を探す。と、土煙の向こうからその手を取られた。
「こっちは大丈夫だ。…みんな無事か!?」
 太一の声だ。それにホッとして、徐々に明るくなってきた周囲を見回す。
 
「こっちは大丈夫!」
「こっちもです!」
 ヒカリや大輔たちが、口元を抑えながら手を振っている。音の割に爆発は派手ではなかったらしい。
「…ったく、何だったんだ一体…。
 太一、怪我は───…」
 
 ヤマトはつないだ手の先を追って隣を見た。
 
 …いない。
 
「…え?」
 
 いるはずの高さからそろそろと視線を下げる。
 と、見慣れた茶色の癖っ毛。
 
「…え?」
 
 今度は太一がつぶやいた。
 ぎしり、と固まって思わず互いに見詰め合う。
 すっかり肩幅の合わなくなった制服がずり落ち、指先まで隠れている。
 身長などヤマトの胸元辺りまでしかない。
 
「…え?」
 
 また誰かがつぶやいた。
 ひゅるるる、と辺りを風が吹き抜ける。
 
「は───っはっはっは!!」
 
 その時唐突に高笑いが響いた。ハッと彼らは顔を上げる。
「聞くまでもねえけど一応っ、誰だ!?」
 大輔が怒鳴った。崖の上から人影が現れる。
 ゴーグルとマント姿の、怪しさ大爆発の少年の姿。
「相変わらず群れて無駄なことをしているようだな虫けらがっ!」
 彼は鞭を振り回しつつ高笑いを続けた。
 子供たちは息を呑んでそれを見つめ───…
 
「──────…」
「誰? あれ」
「…さあ…?」
「デジモンカイザーだ───ッ!!」
 崖の上の少年は、ばしばしと鞭を振り回して主張した。
 
「えー…?」
 子供たちは疑わしげにそれを見つめる。確かに、その怪しげなコスチュームはデジモンカイザーっぽく見えなくもないが。
 しかし、背が伸びて顔立ちも大人びている。何故かすすけているのはともかく、似てはいるものの本人ともまた思えない。
 
「…ええい、まあいいっ。
 来い、デジモンたちよ!!」
 ヤケクソ気味なカイザーの掛け声と共に、唐突にどわっとバケモンの群れが現れた。
 
「うわ───っ!!?」
「なんだなんだーっ!?」
 
「八神太一をさらって来い!」
「「「なに───ッ!!!??」」」
 
 子供たちが声を上げると同時、バケモンが太一の両腕をつかんで飛び上がる。
「太一───ッ!!」
「ヤマトッ!!」
 ヤマトは咄嗟に腕を伸ばしたが、ブレザーのそでをかすめて空振りした。
 
「はっはっは、ではさらばだ諸君!」
「こら───っ!
 太一置いてけ───っ!!」
 
 ヤマトの叫びもむなしく、カイザーはデジモンの肩に乗って高笑いしながら去っていった。
 
 
 
 
「…なーんでこうなるんだろうな?」
 ロープでぐるぐる巻きにされた太一は、カイザーの居住の中でぶつぶつとつぶやいていた。
「…ああっ、これもエラーだ!
 じゃあこれは…またエラーか!」
 カイザーは、連れてきた太一に構うでもなく必死にコンピュータに向かっている。
 その画面からはひっきりなしにピーピーとエラー音が流れていた。
 
「…なあ、何やってんだ? お前」
「バグの修正を…えええええいッ!」
 とうとうキレたらしいカイザーが、思いきりコンピュータを足蹴にした。
 ガガッと画面がぶれ、やがてぶつんとブラックアウトしてしまう。
 
「…あーあ」
「あーあとか言うな!」
「大人げないなーおまえ」
「小学生のカッコで言われたくないわ!」
 詰め寄って怒鳴るカイザーに、太一はきょとんと目をまたたかせた。
 
「…あー、それだけど。
 これってお前が原因なワケ?」
「…まあ、そうだ」
「お前がそんなカッコなのも?」
「…そうと言えなくもない」
「すっぱり聞くけど、なんで?」
「それはね、賢ちゃんがコンピュータを鞭で一撃したら、暴走…
「しゃべるなあぁぁぁッ!!!」
 
 すぱーんっ、とカイザーが鞭を振り回す。肩で息をしながら彼はぶつぶつとぼやいた。
 
「まったく…機械は壊れるし衣装は直さなきゃならなくなるし…」
「…直したのかそれ」
 身長伸びたのにサイズが合ってるから変だと思ってたら、わざわざ直していたらしい。
 
「今日はツイてないな…」
「いや、自業自得なんじゃ…」
「なんだとッ!?」
 カイザーはがばっと太一の胸倉をつかみ…
 
 ふと、動きを止めた。
 
(…あれ?)
 あどけなさを多く残した顔を間近に見て、頭がくらりと揺れる。
 だぶだぶの制服が尚更子供じみた印象を与え、身体のほそさを強調していた。
 濃い茶色の髪から、太陽と石鹸のにおいがする。
(…かわいい)
 
「…え?」
 疑問の声を上げる太一の身体を壁に押し付けた。
 わずかに抗うのを感じたが、小学生の姿の太一の、しかも縛られたままの抵抗など今の力なら容易く封じられる。
 どこか懐かしいような子供姿の太一。
 その唇に、そっと唇を寄せる。
 
(…あれ?)
 壁に押さえつけられたまま、太一は内心首を捻った。
 実際に頭を動かすと唇がふれてしまいそうだからやめた。
 大人びて鋭さを増したカオが近づいてくる。まばたきもしない。
 子供ではありえない強さと大きさを持った手のひら。
(…あれ?)
 何が起きているのか、一瞬把握しそこねた。
 
 唇が、ふれ───…
 
「待たんかコラあぁぁぁッ!!!」
 
 間一髪で乱入してきたヤマトに蹴り倒され、カイザーは床とキスをした。
「───なんだお前は! いートコロでッ!!
「何がいートコロかこのアホ!!
 リクエストがあったのはヤマ太であって、断じてカイ太じゃねえっ!!
 
 バッとヤマトが太一を抱きしめる。
 しっかりと胸に抱え込まれ、未だ頭を停止させたまま太一は目を白黒させた。
「…ヤマト?」
「大丈夫か太一ッ!? 何もされてないかッ!?」
「うん…まあ。つーかお前、どーやってここに?」
「愛の力だ」
「………」
 すっぱりと答えられ、太一はこれ以上問い返す気力を失った。
 
 ヤマトは太一を背後に庇い、キッとカイザーに向かい合う。
「この変質者が! 小さくした太一をさらってナニする気だったんだ!?
「間違ったデータを元に戻すために連れてきただけだ!」
「じゃあさっきのは何だったんだ!」
「勢いと本能だ!!」
「威張るなあああぁぁぁッ!!!」
 
「…ゴメンね、大丈夫?」
「ん…ああ、サンキュ」
 言い争う二人を余所に、ワームモンが太一の縄を解いてくれた。
 太一はぐるぐる腕を回し、困ったように二人を眺める。
「…どーすっかなアレ…」
「…あーなると賢ちゃん、なかなか止まらなくて…」
「…ヤマトだって一度暴走すると…」
 一人と一匹は途方に暮れて呟き合った。…と。
 
 喧々囂々とやり合っていたヤマトが、ふいに太一を振り返った。
 ずけずけ大股で歩み寄り、ぐっと片手で太一の腰を抱き寄せる。
「わっ…」
 普段より軽い身体は、勢い余ってあっさりとヤマトの胸に飛び込んだ。
 
「いーかよく聞け!
 誰がなんと言おうと、太一は俺のものだッ!!
「え…? んっ、く!」
 
 やにわに太一の顎をつかみ、思い切りキスをした。
 端から見ても、舌まで入っているのがバッチリわかる。あーっとか何とかカイザーが声を上げたが、ヤマトは構わずに太一の口内を貪った。
 
「ん…ふ、う…」
 見上げる体勢の太一が、苦しげに眉根を寄せた。
 弱々しく抵抗してヤマトの肩を押す。…ヤマトはその手をつかみ、太一の唇を開放した。
「───は…」
 太一が息をつき、ずるずるとへたりこみそうになる。
 腰を抱き寄せてそれを支え、太一の指先を口に含んだ。
 
「ちょっ、ヤマ───」
 何か言おうとした太一の言葉を遮るように、口の中に指を入れる。
 舌をかき乱し、服のサイズが合わないせいで露になった首筋に口付けを落とした。
「んっ…う」
 太一が涙目で首を振る。
(…かわいい…)
 幼い身体に、あっという間に理性が吹っ飛んだ。
 当初の目的もどうでもいい第三者もきれいさっぱり頭から消える。
 ただ、いつもよりほそくて軽い身体に夢中で指を這わせて───…
 
「はいそこまでッ!」
「ロゼッタストーンッ!!!」
 
 …どこからともなく飛んできた石版にぶっ倒されて床に転がった。
 
「…え?」
 半分シャツを脱がされた姿で、太一は慌てて涙を拭って周囲を見回した。
 
「まったく、手が早いんだから…」
「太一さん、大丈夫?」
 いつの間にかそこに、新選ばれし子供たちが並んで立っていた。
 デジモンたちは全員アーマー進化で武装している。
 
「…たっ…太一先輩…」
「大輔、鼻血拭きなさいよみっともない
「…あ、大輔さんティッシュありますよ?」
「サンキュ…」
 
 そんな遣り取りの中、ヤマトがガバッと身を起こした。…存外に頑丈である。
「お…お前ら、いつからそこに…?」
「さっきから」
「…てゆーかどーやって?」
「もちろん愛の力よお兄ちゃんv」
 あっさりとそう答えられ、太一はもはやどうでもいい気分でそうかと頷いた。
 
「それじゃ、帰ろうか太一さん」
「…え?」
 タケルに抱き起こされ、太一は目をまたたかせた。
「そうよお兄ちゃん。いつまでもこんな所にいたら、また誰かに襲われちゃうわ
「襲われ…ってヒカリ…。
 第一、こんなカッコじゃ…」
「…あ、そうね…」
 
 ヒカリは心底惜しそうに太一の姿を見つめる。
「どうしても戻さなきゃ駄目かしら…」
そのまま生活してたら案外誰も気付かなかったりしないかな?
 …かわいいのに…」
「…いや、それはいくらなんでも…」
 タケルの言葉に軽く汗する。そっか、と光と希望の紋章の主はため息をついた。
 
「仕方ないね。それじゃ」
「そうね…もったいないけど」
「もったいな…? …い、いや、それより何を…」
 太一が困惑して首を傾げる。ヒカリとタケルは微笑んで言った。
 
「「それじゃ、お願いしますね光子郎さん」」
「はい、任せておいてください」

 
「ええっ!!?」
 太一の背後から当たり前のように光子郎が現れた。
「なななっ、なんで…こう…っ!!?」
「はい。光子郎です」
「どっ、どーやって…いつの間に!!?」
「…それはもう、全て愛の力で」
「──────…」
 
 まあそれはともかく、と光子郎は機械に歩み寄った。
 さっきブラックアウトしたコンピュータに向かい合い、カタカタと操作し始める。
「まあこれくらいならすぐに戻せますね…。
 太一さん、目をつぶっててください」
「…え? あ、ああ…」
 太一は慌てて目を閉じた。
 ブン、という軽い音と衝撃が足元から突き抜ける。
 
「大丈夫。僕を信じて下さい…」
 
 光子郎のやわらかな声がすぐ耳元で聞こえた。
 それから、頬をかすめたやわらかい感触。
 
「…え?」
 
 思わず目を開く。光子郎の穏やかな眼差しにかち合った。
「…今のは出張料です」
 光子郎は笑って鏡を差し出して見せた。
 
 …元の姿に戻っている。
 
「…ずるいなあ光子郎さん」
「まあ、ここまで来るのも大変でしたから。それくらいはね」
「…それなら私もいいのかしら…?」
「…ヒ、ヒカリちゃん…?」
 
「…え?」
 そんな中、太一は頬に手を当ててつぶやいた。
 …今のは一体?
 
 
 
 
「…そこで大団円を迎えるな」
 ふと、怒りを押し殺したような声が聞こえた。
 聞きなれた声だ。…太一は振り返る。
 
「………」
「………」
「…うわあ」
 何とも言えず、それだけコメントする。
 そこには小学生姿のヤマトと、相変わらず中学生姿のカイザーがいた。
 
「どーゆーコトだこれはッ!! 光子郎ッ!!?」
「ああ、すみませんヤマトさん。手違いがあったようです」
「確信犯的な笑顔で手違いとか言ってるなッ!!」
「ははは、やだなあそんな。
 …さ、そろそろご飯の時間ですから。帰りましょうか
「待て光子郎───ッ!!」
 
「え、ちょ、やまとは…?」
「大丈夫大丈夫。デジモンカイザーでも3日くらいあれば制御できるでしょうから」
「は? …いや、そーじゃなくて…」
「お兄ちゃん、今日のご飯は春巻きよv お母さん待ってるから帰りましょっ」
「でもヤマト…」
「大丈夫だよ、僕がお父さんにちゃんと連絡入れておくから。
 任せておいてっ!」
「…───ええと」
 
 もはや何を言ったらいいのかわからないまま、太一は力なくずるずると引きずって行かれる。
 一度ヤマトを振り返って、微妙〜な視線を向けた。
 
「…ヤマト」
 そして、ふっと微笑を浮かべてささやく。
「3日経って帰ってこなかったら迎えに来てやるからな?」
「たいち──────ッ!!?」
 
 彼らはあっさり石田ヤマトを置き去りにして家路についた。
 
「…でも、良かったんですか? 太一さん」
「何がだ?」
 光子郎に尋ねられ、太一はきょとんと目を見開く。
「ヤマトさん。置いてきて」
 連れてこようとしても、どうせ妨害して置き去りにしてくるつもりではあったけれど。
 
「…いーんだ。
 2度と人前であーゆーコトしないように、反省してもらわなきゃな
「──────…」
 それなりに、怒ってはいたらしい。
 
 まあとにかく、光子郎は話題を変えて明るく太一に話しかけた。
 …ライバルが多いのはヤマトも承知の上だ。遠慮なく蹴落としにかからせてもらおう。
 
 
 
 
 ───尚、石田ヤマトは結局この後2日半ほどカイザーの元に居候したらしい。
 
 
 
 
おまけ

新哉さんのサイトで2222番を踏み。当時、結局月に5回も踏んだんだよなあ……(汗)あまりの踏みっぷりに、キリ部屋での掲載は「匿名希望」にしてくれとかやってました(爆) そして、リク内容が「ヤマト×太一さんで……14×11、なんて。」(当時のメール本文ママ)……うわあ。
 
で、頂いたこの小学生太一さん。あまりの可愛さに、そのころお約束していた御礼絵をこの話のカットにしてしまった……
 
残念ながら、既にサイトは閉鎖されていますが、許可いただきましたので遅ればせながらアップ。ありがとうございましたv