Act.4 『それでもやはり、つよかったもの。』
 
 
 
「なあ、ちょっと哀れぢゃねーか、あれは……?」
 だんだん遠くなる人影を振り返った、彼の茶色の瞳が細められている。
 それを斜めに見上げて、にっこり笑ってみた。
「あ、大丈夫ですって、太一さん。とりあえずあれでも成長してるはずなんですから」
「……タケル……なんかフォローになってねーよ、それ……」
 ひきつり笑いをこぼす彼の腕をぐいと引いて、彼に良く似た色の瞳も笑う。
「大丈夫よ、きっと。それより、今日はあたしたちに付き合ってくれる約束でしょ。行こ、お兄ちゃん」
「ヒカリ……」
 妹に弱い彼が、その言葉に逆らうはずもなく。
 再び歩き出す彼の背中ごしに、送られてきたブイサイン。思わず苦笑した。
 
 
 ―――5年生。
 三年前のあなたと、同じ歳。
 
 
「わたし、最近よく夢を見るの」
 そうつぶやくのは、あの頃より少しだけ前髪を伸ばした彼女。
「あの夏の夢。あの旅の夢。テイルモンがいて、タケルくんがいて、みんながいて……お兄ちゃんが、いる夢」
 唄うように綴られていた言葉が、ふと止まる。
「……歩いていくお兄ちゃんの……背中を見てる夢」
「……ヒカリちゃんも?」
 思わず口を挟むと、彼女が少しだけ目を丸くした。
「タケルくんも、なんだ」
「うん。僕も……ずっと見てたから」
 これじゃ人のこと言えないね、と笑ってみる。
 返ってくる、微笑み。
 共感者の笑顔。
 
 
 ずいぶんと伸びた、身長。
 あのときのあなたより、ずっと高くなった。
 
 
「……あの頃ってさ」
 気がついたら、声に出ていた。
「きっと、もっといろいろ見えるもんなんだろうなって……そう思ってた」
「そうね」
 俯いた彼女は、首から下げたデジカメをいじっている。そんなしぐさは今も変わらない。
「……でも、違ってたね」
「……ええ」
「子供……なんだよね、僕たちって」
 あのときのあなたも。
 
 
 かたちだけは、追いついて。
 そして知る。
 ―――見えないものばかりなんだ、ということ。
 
 
 あの頃、あなたの背中が全てだった。
 進んでいくあなたの背中を追いかけて、追いかけて……そうやって自分たちの世界はひろがっていったから。
 でも。
 
 本当は、止まりたかったの?
 
 ……ほんとうは、止まれなかったの?
 
 
「……あのね、怒らない?」
「なに?」
 首をかしげる彼女に、そっとささやく。
「僕ね、太一さんに『お兄ちゃんになって』って言ったことあるんだ」
「……お兄ちゃんに、聞いたことある……」
「……実は、今でも本気。っていうか……今になってますます本気」
 
 
 今。
 あなたの背中なしに歩き始めて。
 そして、気づく。
 
 それでも、前を見ていたんだということ。
 それでも、前に進んでいったんだと、いうこと。
 
 ……それでも、あなたは、止まらなかったんだ、ということ。
 
 あなたには、あの背中は、なかったのにね―――
 
 
「……一日だけ」
 長い無言の後。
 そう言って、彼女はパートナーを抱きしめた。
 そのまま、視線だけをこちらに向ける。
「一日だけ。それと、わたしも一緒。……じゃなきゃ、駄目」
「それでもいいよ。じゃあ、僕たちのお兄ちゃん、だね」
「ええ」
 交わすのは、共犯者の笑み。
 
 
 大きくなくて、でもおおきいひと。
 つよくなくて、でもつよいひと。
 
 ―――追いついたようで、追いつけないひと。
 
 
「太一さん、今度はあれに乗ろうよ、あれ!」
「わかったわかった、わかったからそんなに引っ張るなって、タケル」
「お兄ちゃん、こっちこっち!」
「ヒカリも落ち着けって!」
 彼の呼吸が、幾分乱れている。
 二人がかりで引っ張り回したせいだろう、サッカー部エースの体力もそろそろ尽きてきたようで。
「どうしたんだよ二人とも……今日ははしゃぎ過ぎだぞ」
 はあっと大きくため息をついて、彼が苦笑する。
「まるで、あの頃のお前らに戻ったみたいだ」
 思わず二人で顔を見合わせた。
 ……このひとには、いったいどこまで見えているんだろう。
 
「ふう。……さて」
 もう一つ息をついて。
「えーと、今度はあれ、だったな。行くぞ」
 それで早くも復帰してしまった彼が、さっさと歩き出す。
 
 見えるのは、前を進んでいく、背中。
 
「タケルくん……」
 彼女がこちらを見ている。
 その目に浮かぶ思いは……きっと自分と同じ。
「……うん」
 うなずいて、彼女の手を取った。
「行こうか、ヒカリちゃん」
「ええ」
 
 
 そうして僕たちは歩き始めた。
 
 あの背中を追いかけて――――――
 
 
 

Act.4 Finished.

 

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>ヒカリとタケル。太一ふたりじめ。「お兄ちゃんはいいの!」「そ、ヤマトさんはいいの!」
>……闇のどーくつ行きか?(笑)
 
書き始める前のプロットに書いてあったこと。ヘタレが書きたかったのか、自分(笑)
ま、冗談はさておき(冗談か? 本当に冗談なのか?>オレ(笑))
あの頃小さかったふたりが、同じ歳になって……今ならわかること。
もともとはこのパートだけだったんです、これ。なのに一番難産だった……(苦笑)
 
ということで、太一さん賛美小説でした。感想貰えると嬉しいな。

2001.3.6