『あるげつようびのおはなし。』
 
 
 
1.
 
 
 
 ぱたん。
 目の前で、頑丈な鉄製の扉が閉じた。材質のわりにひかえめな音だったのは、家族や隣人への配慮だろう。
 その様子を見届けて、彼女は小さくため息をついた。それから、サンダルをつっかけて玄関へ下りる。
「……ヒカリ……?」
 振り返ると、パジャマ姿の彼女の母が、リビングからこちらを覗いていた。
 同じく寝起き姿の娘を見て、次に玄関に並んだ靴を見、そうしてくすりと笑う。
「やっぱり、太一?」
「そう、おにいちゃん。……なんか、ボール蹴りたくてたまらないんだって」
 肩をすくめつつ、彼女は扉に鍵をかけた。 
 サンダルを脱いでリビングへ戻ると、キッチンに移動した母親は、冷蔵庫を開けながら首をかしげている。
「そういえば、ゆうべ、何時まで起きてたかしら、あの子……」
「寝てないって。ずーっとビデオ見返してたみたい」
 
 現在時刻、午前4時30分。世間的には日の出直後と言われる時間帯である。
 
「……ほんと好きなのねえ……」
 しばらくして聞こえたしみじみとしたつぶやきに、ヒカリは苦笑するしかなかった。
 
 
 
2.
 
 
 
 普段、登校途中の彼が途中で立ち止まることは少ない。
 何故なら、女の子の群れに遭遇しやすいからだ。バンドを始めて2年、危険を避ける術はいいかげん身についている。
 にもかかわらず、彼が今朝足を止めてしまったのには理由があった。
 
「DF! ボールに固まりすぎだ散れ!」
「マークつけマーク! 八神フリーにすんな!」  
「縦入れすぎ! いっぺんサイドふれ!」
 
 飛び交う声。激しく地面を蹴る音。集まったギャラリーの歓声。
 彼がそこで目にしたのは、朝のそれとしてはいくらか……いやかなり、活動的すぎる光景だった。
「……今日は練習試合でも組んでるのか……?」 
 ぼそりとつぶやく彼の目は、無意識にその中に混じった親友の姿を追っている。
 あいつ。いつも元気なのは知ってるが……朝っぱらからここまでテンション高いヤツだったろうか……?
「違うわよ」
 内心を読んでいたかのような声に、彼はぎくりと隣に目をやった。
「空」
 彼の動きに合わせておはようと挨拶してきたのは、彼の仲間である女の子。
「違うけど、いまだ興奮さめやらぬって感じね。太一も、サッカー部のみんなも」
 笑ってそう言った彼女は、フェンスの向こうに視線を向ける。つられるように、彼も顔の向きを戻した。
 
「ゆうべ、ヤマトは見てなかったの?」
「あ、ああ。ベースのチューニングしてて……結果は今朝見たけどな」
「そう」
「空は見てたのか?」
「もちろん。先週のもゆうべのもビデオ撮ってるし。太一なんて、自分の家だけじゃ心配で、光子郎くんや丈先輩にも頼んでるらしいわよ」
「……それ、全試合なのか?」
「そ」
 
「……本当に好きなんだなあ」
「何をいまさら」
 すぱんと切り返された言葉に、ヤマトはただ苦笑するしかなかった。
 
 
fin.

2年前に書いた文章を発見。ワールドカップの頃ですな。
短いですが、それなりにオチついてるので発掘してみました。
 
多分大輔も似たようなモンだったんだろうと思われ。

2004.10.11