喧騒は、今だ収まる様子を見せなかった。 場内を慌しく駆け廻る、自分と同じ青の軍服姿。その間には、落ち着かなさげに右往左往する民間人。皆抱えた荷物がやけに大きいのは、立っているのが長距離路線の発着ホームだからか。 イーストシティ駅。この街だけでない、この地方全体の経済や軍事やその他もろもろを支える重要な交通拠点。 ということは、余計な事───そう、そのせいで今日も自分たちは残業決定なのだ───を考える連中にとっては、絶好のターゲットになりうるということで。 予告があったのは1週間前。裏を取り終わったのは1日前。そんでもって現物と犯行グループの身柄を押さえたのは、予定より1時間ほど早かった。 要するに、テロがあったわけだ。正確に言うと、爆弾テロ兼、列車ジャック。 ───どっちにしろ未遂だが。 花火好きな野郎どもに退場願ったホームには、本当なら2時間前に出発していた筈の列車が止まっている。 先頭に、炭水車を従えた機関車。火を落とされているのか、煙突から吐き出す白煙は、細く頼りない。 さらにその後ろに客車の群れ。窓から見える内部には、検証中の処理班の姿があるだけ。本来の乗客たちが再び足を踏み入れるのは、早くて明朝だろう。 いずれも長距離を走る車両らしく、外装は古ぼけてはいるが頑丈な作りをしている。その、ところどころが白く埃をかぶり、あるいはくすんだ色に変じているのは、年月のせいもあるが、一番の原因は、大捕り物の最中にぶちかまされたアレのせいだ。 『焔の錬金術師』の必殺技。 本人曰く、「きちんとした構成理論がある。そんな屁理屈の塊のようなものと一緒にするな」ということだが、凡人の自分たちには理解できないのだから変わりはない。 「大佐ぁ、一般客の状況確認、終わりましたぜ。 いい加減煩くなりそうなんで、とっとと帰しちまっていいっスかあ?」 我ながら上官に対する口の利き方ではないなと思う。が、今更、取り繕ってどうなるもんでもなし。何かと五月蝿い中央からの査察も、今はいないことだし。 反応は、直には返ってこなかった。我らが司令官───今日は晴れだったせいか大活躍だった『焔』のご当人様だ───からも、その隣に控える麗しき副官殿からも。 前者はいつものことだが、後者は大変に珍しい。 ───明日は嵐か? ちらりとそう思った次の瞬間、原因が判明した。 「だーかーら!!」 高い声が場内に響いている。これだけの喧騒の中であっても、よく通る子供の声。 「何でお前はいっつも無茶すんだよ!!」 「あっそれ、兄さんにだけは言われたくないよボク! いつもいつも無茶するのはそっちじゃないか!!」 もうひとつの声も、かなり幼い。何かに反響するような音色にも、だいぶ前に慣れた。 「いーや、お前だお前!! 先週のスプリオタウンのときだって、その前のジャックモンドだって! 何回オレがお前の鎧直したと思ってんだ!!」 「そっちこそ、シーディングで一週間寝込んだの忘れたの!?」 「……えーと、仲が良くて何よりっスねえ……」 「喧嘩するほど───、と言いたいのか、ハボック」 「それ以外の何だと思います? アレ」 「…………確かにな」 周囲の注目を浴びながら喧嘩をするのは、東方司令部ではもうすっかり馴染みになったふたり組だった。 小さな子供と大きな鎧。 ───エルリック兄弟。 |
『Step by step』 |
その兄弟を知ったのは、数年前のこと。 副官を連れて地方出張に出ていた、まだ中佐だったロイ・マスタング閣下───と呼ぶのは現時点でもまだ早い───が、行きとは裏腹に妙に機嫌よく帰ってきた、その1年後のこと。 我ながらえらく周期の長い話だと思うが、それだけ、意外というか、予想外だったのだ。 彼が、出張中に溜まった書類と嬉しそうに格闘しているというのは、 ……だからといってブレダと二人して空を確認したのはちょっとやりすぎだったかもしれないが、それで錬成陣入り手袋を取り出す方もかなり大人気なかったと思う。幸いホークアイ少尉が制止してくれたが。 「あの発見の代価と思えば、このくらいたいしたことはないさ」 「それは何よりです。では、こちらの書類も早急にお願いいたします」 「……少尉、別に増やしてほしいわけではないのだがね」 そんなやり取りがあってから、しばらくしてやってきた『発見』。 ───それが、『鋼の錬金術師』エドワード・エルリックと、弟アルフォンス・エルリックだった。 「少尉」 背後から小声で呼ばれて用件を思い出す。 「……あー、ところで、さっきの件。許可いいッスか?」 再度お伺いを立てると、大佐は手袋をしたままの手で顎をつまみながら、考える様子を見せた。「さっきの件とは何だ」とか言わないあたりは流石だと言うべきか。 「ふむ、残党はいないんだな?」 「事前情報と確保した犯人数は一致してます。念のため、駅舎から出すときに身元確認取るよう準備はしてありますが」 「そうか。中尉、何か問題はありそうかね?」 「乗客予定者の名簿も押さえてありますし、よろしいかと」 「後は検証だけだな。なら、構わんだろう。確かに少々うっとおしくなってきた」 「Yes,Sir」 指揮官の言葉に敬礼で答え、半分振り返って手で合図する。そこに控えていた部下は、同じく敬礼をした後素早く走り出していった。 それを一瞥し、大佐が軽く息をつく。 「さて、後は子守りだけか」 一瞬、反応に迷った。咥えていただけのタバコを一吸いしてから、一応突っ込んでみる。 「……大将に聞こえるっスよ」 「何、今は大事な兄弟の語らいの最中だ。禁句以外は聞こえまい」 やはり確信犯だった。 手袋を外してポケットに突っ込んでいる大佐は、楽しそうな顔をしている。彼ら───特に、兄の方───を構うときの彼は、いつもこんな調子だ。 兄弟喧嘩はまだ続いていた。 処理の邪魔にならないようにか、壁際に座り込んだ鎧。膝から下に赤いコートがかけられているが、出来る筈の膨らみはやけに小さい。 そして、その前に両足を踏ん張って立つ、金と黒の後ろ姿。 響く声に合わせ、左腕が力なく揺れている。肩の落ち具合から判断するに、関節が外れるか何かしていることは間違いない。ボロボロになった袖の隙間からは、コートと同じ色が見えた。 「しっかし、弟はともかく、あの有様のワリに元気っスよねえ大将……」 思わずそんな台詞が口をついて出た。こもった心情は、感嘆半分、呆れがもう半分。 ───予定より早く事態が動いた原因。 その一つが、犯人たちがジャックする予定だった列車に、エルリック兄弟も乗ろうとしていたことだった。 ほとんど残り時間のない時限爆弾───それは、予告に嘘が含まれていたことを意味している。原因二つめであり、今日の残業の原因になりそうな代物だった───を、漂う空気の不審さに気づいてうろついていた兄弟が見つけてしまった。 解除不能と判断したエドワードは、防壁を錬成し、被害を押さえようとした。 が、炸裂したエネルギーは、作られた上への開口部からだけではなく、よりによって本人達の前の壁からも放出されたのだ。 兄を咄嗟に庇った弟アルフォンスの鎧の両足が吹っ飛ばされ……直後、エドワードがキレる。 自分のコートを弟に被せるなり、取り囲む犯人グループに突進していった───というのが、駅舎内に配置されていた人員の話だ。 爆発の発生は、包囲を固めつつあったこちらにもはっきりとわかった。 急遽出された突入指示に従い、駅舎に飛び込んだ自分たちの目の前には、錬金術と体術で、倍のサイズはありそうな男たちをボコボコにドツき倒す、金色の子供の姿が。 それは、まさに『嵐』のような光景。 結局、それで一気に事態は進んだ。 ほとんどが素人だという事前情報は正しかったらしく、騒ぎで浮き足立った犯人グループを押さえるのは簡単に済んだ。やっかいな少数も速やかに確保が出来た……ちょっとばかし焦げていたようだが。 そして、向かう敵をことごとくなぎ倒し終わった兄貴はというと、動けない弟に駆け寄るやいなや怒鳴り始め───現在に到る、というわけだ。 「まあ、お互いに現状が吹っ飛んでいるのは間違いないな。でなければ、あの弟君が気づかない訳がないだろう」 素手の指で顎先をひねる大佐は、くつくつと楽しそうに笑い続けている。 「そりゃそーでしょうがね……」 タバコを外してため息。 ……正直、流血沙汰の子供を見ながら笑う軍人っていうのは、あんまり世間体が良いモンじゃないと思う。 もう一つため息をつくと、笑っていた上司がふと真面目な顔になった。 「……ハボック」 「はい?」 「お前には、アレはどう見える?」 そう言って顎をしゃくる。 「アレって、大将スか?」 「そう、アレだ」 「……そうっスねえ……」 即答できずに考え込む。 エドワード・エルリック。『鋼の錬金術師』。 彼が何をしたのかは知っている。 彼が何をしたいのかも知っている。 けれど。 「……オレにとっては、只のガキっスよ。やっぱ」 「そうか」 わざわざ訊いてきたわりに、大佐の反応はそれだけだった。 気になって、反対に訊いてみる。無駄そうな気はしたが。 「大佐のほうこそどうなんです?」 「……さてな」 案の定はぐらかされる。 ……ただ、一瞬だけ。 ロイ・マスタング───『焔の錬金術師』が浮かべた笑みは。 あの日、『発見』を語ったときのそれと、間違いなく同じだった。 「……ところで、中尉はどこへ?」 気づくと、すぐ傍にいた筈の姿がなかった。 「ちょっと外すと言っていたな、さっき。……ああ、戻ってきたようだ」 振り返ると、その通りホークアイ中尉が改札からホームに入ってくるところだった。 手に毛布を抱えている。そして、その後ろに、馴染みの顔がいくつか。 いつもの通りぴんと背筋を伸ばした歩き方の彼女は、早足でこちらに近づいてきて……。 脇を通りすぎた。 つられて目で追うと、行き着いた先は、あの兄弟のもとで。 ……そういえば、いつの間にか、静かになっている。 「……って、大将っ?」 さっきまで仁王立ちしていた子供は、鎧の腕の中にいた。 力が漲っていた手足も、今はぐったりと投げ出されている。 様子をちらりと見た大佐が苦笑した。 「まあ、そろそろだと思っていたが」 「だからってぶっ倒れるまでほっときますか普通……」 とはいえ、気づかなかった自分も同じだ。 向こうでは、中尉が弟から兄を受け取って毛布に包んでいた。 抱き上げて立ち上がるのを、動けない弟が心配そうに───表情はあるはずないが、付き合いも短くはないから仕草でそうとわかる───見守っている。 「とりあえず、アレはとっとと病院に放り込むとして、弟君をどうにかせんとな」 「もしかして、また破片探しっスか?」 「どうかな。この状態では材料を用意してやった方が早そうだ」 そんな会話を交わしているうちに、エドワードを抱えた中尉が戻ってきた。 「大佐、エドワード君を病院に運びます。ハボック少尉、ブレダ少尉たちとアルフォンス君を運んであげて」 きびきびとした口調。 ロイ・マスタング大佐直属の人員の中で、一番軍人らしいのが、彼女、リザ・ホークアイ中尉だ。 いつでも冷静。 ……でも、今のはちょっとばかし、冷たすぎるような。 「ああ、中尉。彼は重いだろう、私が運ぶよ」 「いいえ、私一人で大丈夫です。大佐は司令部にお戻りください。でないと、今日は徹夜になるかと思われますが」 「……中尉?」 手を伸ばそうとしていた大佐が固まる。 「明日朝までの書類が溜まっています。こうして懸案事項が解決したのですから、きっちり処理していただきます」 「…………」 「よろしいですね?」 「……わかった」 もちろん、私もすぐ戻りますので。 そう言って去っていく後ろ姿を、2人してぼんやり見送った。……返事、し忘れたな。 「……怒らせたみたいっスね」 「……そのようだな」 こそこそと言葉を交わしながら、ふと考える。 彼女は、何に怒っていたのだろう。 優しい人だ。発揮のされ方はときどき怖いが、仲間達はみなそれを知っている。 だが、ただ優しいだけの女性ではない。 ───彼女もまた、何かを見つけた人間なのだから。 と、そこまで思考が及んだところで、また訊いてみたくなった。 「……さっきの、中尉にも訊いてみたんスか?」 今度も返事があるとは思っていなかったのだが。 ぽつりと、それは返ってきた。 「『それでも子供です』……だそうだ」 「さて。これ以上機嫌を損ねないうちに動くとするか」 「Yes,Sir」 やれやれと言いたげな上官に敬礼一つして、ブレダたちへと足を向ける。 構内は、だいぶ静けさを取り戻していた。 軍民とも人が減ったのが大きいが、一番の要因はやっぱりあの金色の子供がいなくなったからか。 向かう先では、残された鎧の子供が、広げたシートの上に数人がかりで移動されている。 かけられた赤の布をしっかりと握り締めながら。 ───彼ら兄弟もまた、見つけた人間、なのだろう。 「そうして皆、前へ進むのだ……なんて、な」 口に出してみてから、思わず苦笑した。 全くもって、らしくない。 横幅オーバー気味の同僚が、顔を上げてこちらを見た。 「何やってんだハボック、とっとと手伝え」 「へいへい」 軽く答えてから、立ち止まって後ろを見る。 黒髪の上官殿は、とうに姿を消していた。 いつもなら、ちゃんと司令部に戻るかどうか少しばかり疑問なところだが、今日は恐らく大丈夫だろう。多分。 戻っていたところで、徹夜は既にほぼ確定、だと思うが。 「ハボック!」 「おー」 さらに飛んで来た声に応えながら、フィルター間際まで火が来ていたタバコを消す。 続けてもう一本出そうとして……結局そのまましまった。弟に臭いを移して兄貴の機嫌を損ねるのは、主に物理的にあまりよろしくない。 「ハーボーッークー」 「今行くっつうの」 三度目。長考型のゲームが好きなくせに、こういうときは短気な奴だ。 ……まあ、長話してしまっていたのも確かだし。 おとなしく、足を動かすことにした。 手を出したところで、ふと思った。 ───ところで、オレたちも徹夜なのかね? |
fin. |
最初は『tall〜』用だったのに、どんどん長くなって単独話に。 彼を書くのはほとんど初めて。で、ガンガンの展開がアレなので、何としても10月号発売までにアップしたかった(苦笑) もとが『tall〜』用ということで、どっかの話の間に入ってそうなエピソードを目指して微妙に挫折した気が。 相変わらず中尉最強伝説(笑) で、流血ネタ。実は好き。 兄弟サイドも書いてみたいような。 |
2004.09.09 |