『はるのおがわ。』
 
 
 
 春眠暁を覚えず。
 とは言うけれど。……いくらなんでも寝過ぎじゃないかい?
 
 
 
 放課後の教室。
 窓際の席で、すうすうと気持ちよさそうな寝息をたてているのは、銀河。
「ねえ、こういうの、『春眠暁を覚えず』って言うんだっけ?」
「あ、エリスもそう思った?」
 つっぷしている彼の顔を遠慮なしに覗き込みながら、エリスがぼそりと一言。
 まるっきり同じこと考えていたのに、僕は思わず苦笑してしまった。
「ま、しょうがないよ。ゆうべの出動、スゴい時間だったもんね……」
 それでもなんとなくフォロー入れてしまうのは、惚れた弱みって奴かな。
 そうしたら。
「そんなの、アンタだってあたしだって同じよ! ……まったく、銀河に甘いんだから、北斗は」
 返ってきたのは盛大なため息。うわあ、思いっきりばれてるし。
 
 
 ガラス越しに見上げた空は、綺麗に晴れている。
 差し込む日差しは、夏のそれとは違って、ぽかぽかと心地よい。
 だから、銀河の気持ちもわかるんだけどねえ……。
「そーれーにしたって、寝過ぎよ寝過ぎ! お昼休み終わってから、ずーーっと寝てるじゃないの、銀河ってば」
 あ、先越された。
 そう。鬼の大岩先生も諦めたくらい、熟睡しちゃっている銀河。
 エリスが至近距離でこれだけ騒いでも、ぴくりとも動きゃしない。
「ちょっと北斗、のんびり構えてないで、コイツ起こす手考えなさいよ! じゃないと、いつまでたっても本部に行けないじゃないのよー!」
 はいはい。わかりました。
 エリスに押し出されながら、しばし思考タイム。
 
 銀河を起こす方法……ねえ……。
 
 ―――ひとつ、思いついたけど。
 たぶん、確実だと思う手。
「エリス、後で怒るのはナシだよ? 起こせって言ったのは君なんだから」
「え? なによそれ、なにする気?」
 きょとんとしているエリスに笑顔ひとつ。
 
 
 机の上に投げ出されている頭を持ち上げる。
 ちょっと向きを変えて、こちらに顔を向けさせて。
 
 ―――そうして、キス。
 
 
 10秒経過。まだ動かない。
 
 20秒経過。だらんと垂れていた手が、かすかに動いた。
 
 30秒経過。目が開いた。じたばたスタート。
 
 40秒経過。顔が赤くなってきた。
 
 50秒経過。さすがに僕も辛くなってきたかな? だって背中叩くんだもの。
 
 
 そして1分後。
 僕は、銀河を解放してやった。
 
 
 
「ぷはあっっっ!! し、死ぬ……」
 唇がはなれた途端の第一声が、これ。
 それからひとしきり、空気をむさぼって。
「い、いきなりなにしやがんだ北斗! オレを殺す気かお前はっ」
 にらんでくる目にはまだ涙がにじんでいて、なんかドキドキする。
 言ってることには色気のかけらもないけどね。
「何って、銀河が起きないから悪いんじゃないか。もう放課後なの、わかってる?」
「へ? 放課後? いつのまに?」
 慌ててきょろきょろしている銀河。まったくこれだもんね。
「ほら、早くカバンの用意しなよ。今日は本部に顔出す約束でしょ?」
「あ、そか」
 僕の言葉に、銀河がばたばたと教科書を片づけだす。
 
 
 
「……北斗……」
 気がついたら、エリスが背後に立っていた。
「どうしたの、エリス? ね、銀河ちゃんと起きたでしょ?」
「ええ、起きたわよ……起きたけど……ねえ……」
 あ、なんか握りこぶしが震えてる……。
 
 次の瞬間。
 
「こーのー、恥しらずーーーっ!!」
 絶叫と同時に、視界に火花が散った。
 
 
 
「怒るのはナシだって言ったじゃないか!!」
「そんなの返事した覚えないわよ!!」
 下りのエレベータ内での、怒鳴り合い。
 反響する声に合わせて、頭のてっぺんのたんこぶが痛む。ああもう、思いっきり殴るんだもんなあ。
「なんか珍しいよなあ、北斗とエリスがケンカしてんのって」
 のほほんと、銀河がそんなことを言う。そもそも誰のせいだと思ってるんだか。
「何ヒトゴトみたいに言ってんのよ! もともとアンタが寝ぼすけなのが悪いんじゃないのー!」
「な……なにい!?」
 やっぱりおんなじことを考えたらしい、エリスの矛先が、あっという間に向こうに向いた。
 そうすると、瞬間湯沸器の銀河のこと、たちまちヒートアップして。
 
 
「もーう、なんでこんなバカふたりがパイロットなのよーーーっ!!」
 
 
 
 GEAR本部に、エリスの渾身の叫びが木霊する。
 
 ―――これも平和な、春の光景。
 
 
 
fin.

またしても、タイトルに意味ナシ(爆)
 
北銀の春っぽいのということで思いつくままに。とはいえ、最初は「起きないとキスするよ?」だったのになあ……北斗、そんなにちゅうしたかったのか(自爆)
しかし、約1ヶ月ぶりに書いた電童小説がこれデスカ、自分(苦笑)
 
玄関のカウンタ、2000番を踏んでくれたchapicoさまに。
リクエストクリア……できてます?(^^;;

2001.3.16