銀河。 僕と君のキスの回数は、きっと違うんだろうね。 このキスは、何回目? そんなことわかんねえよ、と君は笑うだろうけど。 僕は数えられるよ。 だって、僕のキスは、君とだけ―――――― 「ごめん」 「…………」 「ごめん、銀河」 黙ったまま、銀河が身づくろいを進めていく。 手伝おうとした僕の手は強く跳ね除けられた。できることといったら、ただ、うなだれて座り込むことくらいだ。 「理由」 不意に、銀河が言った。 「理由、話せよ」 「銀河……ごめん……」 「それは聞きたくねえ。オレが聞きたいのは、理由だ」 学校指定のジャージを身に付け終えた銀河は、そう言って再び黙り込んだ。 ついさっきまで熱さに満ちていた部屋に、凍てついた沈黙が降り積もっていく。 理由。……理由。 ひとことで言えば、『怒り』だ。わかってくれない銀河への。 理不尽だという自覚はある。こんなことをした言い訳になんてならないことはわかっている。 でも……わかってほしかった。 「……キス……」 ぽつりと言った僕を、銀河が少しだけ頭を上げて見た。続けろ、と視線が言っている。 「部屋で、銀河のファーストキスは1歳だって言ってた……」 「……」 「僕のファーストキスは、銀河なのにって……」 「……それで怒ってたのかよ」 呆れたようにため息をついて、銀河が髪をかきまわした。小学生の頃よりだいぶ長くなった髪は、もうすっかり乾いている。 「なら、どーして言わねえんだよ、廊下で聞いたときに」 「……」 言いたくなかった。言わなくても、気づいてほしかった。 ……だから、今も黙ってうつむくしかなかった。 ふわ、とやわらかい感触が頬をかすめたのはそのときだった。 「……この、馬鹿北斗」 え、と思って顔を上げると、離れていた距離が何時の間にか縮まっている。驚く間もなく、銀河の言葉はどんどん降ってきた。 「馬鹿北斗、アホ北斗、ボケ北斗、間抜け北斗…………」 こう続けられると、さすがにちょっとむかっとくる。 思わず言い返そうとして、 「……鈍感北斗」 最後の言葉に気づいた。 「銀河?」 「オレ、あんなの全然覚えてねーよ。母ちゃんの奴、写真にわざわざ見出しつけてやがったけど。 ……だからアイツらに言ったんだぞ」 ……だから? だからって? 混乱する僕をまっすぐ見て、銀河はきっぱりと言った。 「あんな面白半分の奴らなんかに、本当のこと話す気はねえ」 ぷい、と横を向いた銀河を、僕は呆然と見つめていた。 言われた言葉の意味が、ゆっくりと染み込んでくる。 ―――本当のこと。 ―――面白半分の相手に言う気はない。 それって……僕と、同じ? 僕がああいう話に混ざりたくないのと、一緒? それから……それから。 「銀河、それって、銀河にとっての『ファーストキス』は違うってこと……?」 「確認すんな、馬鹿北斗」 3回目の馬鹿呼ばわり。……でも、もう腹など立たなかった。 そっと両腕を伸ばす。 今度は、振り払われなかった。 「ごめんね、銀河。馬鹿でいいから、聞かせて」 「……鈍感」 「それでもいいよ」 それでも、どころじゃないね。 鈍感なのは、僕だ。気づいてなかったのは、わかってなかったのは、僕のほうだ。 「……」 落ちつかなげに身じろぐ銀河の顔は、また赤く染まりだしていた。 「銀河」 「……」 「銀河」 「……ああもう」 しつこい僕に辟易したのか、銀河がどんと僕の胸をつきとばした。小さく苦痛の声をもらしながら、立ち上がって後ろを向く。 僕も急いで立ち上がった。わずかによろめいた体を支えようとした、その瞬間。 「オレの『ファーストキス』は、お前とのだよ」 小さくて、しかも早口だったけど。 ―――僕は一生、その声を忘れないだろう。 「売店。閉まってるよな……」 「っていうか、たぶんもう先生の巡回終わってる……」 「げ……アイツら、ちゃんとごまかしてくれてんのかな……」 「うーん、多分……」 ひそひそと言いながら、階段をゆっくり下りていく。 「うー、ちょっと休憩」 踊り場に差し掛かったところで、銀河がそう言って止まった。肩で大きく呼吸をしている。 「だ、大丈夫?」 「……と、思うか?」 じろっとにらまれて、僕はただ縮こまるしかない。 「…………思いません」 「ったく。泊まり最終日だからいーけど、じゃなかったらオレ、風呂入れなくなるとこだったぜ」 「……ごめん」 ひたすら小さくなる僕。 「朝、オレのぶんもみやげ買ってこいよ。みやげ忘れると、母ちゃんうるせえから」 「うん」 「乙女のもだぞ」 「うん」 「じいちゃんのも」 「うん」 「……だから、もう、怒ってねえよ」 「うん」 「怒ってねえってば」 「うん」 「……」 しょうがないなあ、といった感じのため息が聞こえた。 「北斗」 「うん……い、いひゃいいひゃいいひゃい」 頷きマシンと化した僕の動作は、ほっぺたをつままれることで中断された。 涙目になった僕を見て、銀河が小さく笑って手を離す。 「痛いよ銀河」 ひりひりする頬をさすっていると、銀河がさらに笑った。 「お前ほっぺた真っ赤」 「銀河がつねるからじゃないか」 「だってお前止まんねえんだもん」 「そうだけど……」 言いかけて、結局僕も笑ってしまった。 「さて、行こうぜ」 ひとしきり笑った後、銀河がそろそろと腰を持ち上げた。 「大丈夫だって」 「いいから」 恥ずかしいのか、払いのけようとするのを遮って、細心の注意を払って支える。 諦めたのか、それともそんな動作も辛いのか、それ以上は銀河も避けようとはしなかった。 代わりに、ぼそっとつぶやく。 「みやげ、スバルとアルテアの分も買ってこいよな。そんで、帰ったらアルクトス行こうぜ」 アルクトス。母さんや、アルテアさんや、スバルたちの星。電童の故郷。 ……そして、僕たちのファーストキスの場所。 ちらっと見た銀河の顔はわずかに赤かった。 だから、僕の答えも一言だけ。 「そうだね」 そうして僕たちは、ゆっくりと階段を下りていった。 |
fin. |
うわははは。 どうしたんでしょうこれ。他の話と違いすぎるぞ。ってゆーかこれ本当は裏向けじゃないのか(自爆) いやはや、電童小説、最長記録です。 気がつけば中学生編です。「ファーストキス」ってリクなのに、完全に出来あがっちゃってます。 ソレドコロカ、やることやってます……描写してないケド(爆)ちなみにカットしたんじゃなくて、最初から書いてませんので(^^;; しかし。ウチの北斗って……実はかなりヘタレなんでしょうか(笑) 玄関のカウンタ、6666番を踏んでくれた瑳玖良さまに。 大変に遅くなってすみません。さらに、リクエストに対して滅茶苦茶変化球な内容ですが(^^;; |
2001.10.24 |