『おうちにかえろう。』
 
 
 
 突然だが。
 自分の家に、問題……そう、『ジュウダイなケッカン』ってやつがあることに気づいてしまった、11年目の夜。
 
「……銀河?」
 門の前で固まっているオレに声をかけてきたのは、ついさっき別れた筈の北斗。
「ほんとに手貸さなくて大丈夫?」
「だ、だーいじょうぶだって! この出雲銀河様をなめんなって!」
 うわ、危ね。思わず胸を叩こうとしちまった。
「……『様』って……怪我人のくせに」
「お前も早く家入れよ。じゃあな!」
 半目の北斗がなんか言ってたのは無視。
 門を開けて、身体を滑り込ませる。母ちゃんに怒られるから、扉をちゃんと閉めて。
 それから、目の前の段に足をかける。
 
 ───問題。それは、『玄関に行くには階段を登らなきゃならないこと』だった。
 
 
 
 
 
 いつもの倍以上の時間がかかったけど、なんとか玄関までたどり着いて。
 稽古やってるときの要領で、呼吸を整える。
 えーと、何日ぶりだっけ? 家に帰るの。
 日曜日にエリスに無理やり引っ張っていかれたっきりだから……3日? 4日? そんくらいか。
 電話したときは、みんな無事だって言ってたけど、その後で何かあったりしねえよな?
 ……ったく、こーゆーときにいねえでどーすんだよ、父ちゃん。
 頭の中に浮かんだ、いま……たしか、フランスだっけ? 海外にいる筈の顔に文句を言ってから、仕上げに大きく深呼吸。
 よし。これで多分大丈夫。
 勢い良くドアを開ける。
「ただいまーっ!」
 声をかけた途端、台所の方で音がした。……皿、落としたな。
 それから、ばたばたと足音。
 ドアを閉めて振りかえると、髪がぐちゃぐちゃになった母ちゃんが立っていた。
「……」
 オレの顔を見つめたまんま、母ちゃんは無言だった。
 そのかわり、顔色がころころ変わっていく。
 
 ───しばらくして。
 母ちゃんが浮かべたのは笑顔だった。
「……おかえり、銀河」
 
「……ただいま」
 あ、やべ。なんか……涙、出てきちまった……。
 
 
 
 いきなり泣き出したオレを見ても、母ちゃんは何も言わなかった。
「……乙女とじいちゃんは?」
 やっと涙が引っ込んで、鼻をぐすぐすいわせながらオレが聞くと、
「おじいちゃんは今お風呂。乙女は……たしか、テレビの前で寝てたわね」
 今日のニュース、電童のことばっかりで大騒ぎしてたからねえ、と母ちゃん。
「それより銀、いつまでも玄関に突っ立ってないでお入りよ。ご飯、もう少しでできるから」
「あ、うん」
 うなずいて、靴を脱ごうとしたとき。
「……かあちゃん?」
 目をこすりながら、乙女がリビングから出てきた。
「おや、目ぇ覚めたのかい、乙女」
「うん……あーっ! 銀兄!」
 ぼーっとしていた目が、こっちを見るなり輝いた。
「わーい、銀兄帰ってきた! お帰り、銀兄!」
「うわ、ちょ、ちょっと待て!」
 今飛びつかれたら絶対ヤバい。
 そう思って避けようとしたんだけど……ちょっと遅かった。
 
「……っ!」
 胸にどかんと衝撃。
 身体中を駆け抜けたそれに、息がつまる。
 
 ……あ、目の前が……暗い。
 
「あれ? 銀兄?」
「乙女、ちょっとおどき。銀? どうしたの……銀河!」
 
 そこでオレの意識はぷっつり途切れた。
 
 
 
 
 
 目が覚めたら、ベッドの中だった。
 ユキちゃんのポスターが見える。ってことは、オレの部屋だ。
 ……なんで?
 寝ぼけた頭でぼんやり考える。
 首を傾けると、額からなにかがずるりと滑り落ちた。タオル?
 耳のあたりに濡れたカンジがするのが気持ち悪くて顔をしかめていると、それを誰かが取り上げてくれた。
「大丈夫かい、銀」
「母ちゃん……?」
 覗きこんでくる顔は、すごく心配そうだった。
 それで、思い出す。
「うわ……みっともねー……」
 妹に飛びつかれて気絶するなんて。……一生の不覚、ってやつだ。
 思わずそうつぶやいたら、母ちゃんの顔が怖くなった。
「さっきのはあんたが悪いんだからね、銀。こんなに大怪我してんなら、早く言わなくちゃ駄目でしょうが。……母ちゃんがどれだけ心配したと思ってんの」
「う……」
 何も口答えできません。だから。
「……ごめんなさい」
 布団にもぐりこみながら、ぼそぼそと言う。布の向こうからため息が聞こえた。
「それで、気分は?」
「今は平気。……なんかちょっとぼーっとしてるけど」
「そりゃそうでしょ、こんだけ熱があれば」
「熱?」
「なんだ、自分でわかってないのかい?」
 あきれたような調子で言いながら、母ちゃんがタオルをのせてくれる。
「そうそう、さっき北斗くんが来てね」
「北斗が?」
「薬、預かっていたからって届けてくれたんだよ。……あんたたち、同じシェルターに避難していたんだって?」
「ああ……うん」
 そうだ。オレたちは、エリスん家の方のシェルターにいた、ってことにしたんだった。
 オレと北斗の怪我も、攻撃の巻き添えくって、近所の病院で手当てしてもらった―――一般市民がガルファがらみで被害受けた場合、国だったかGEARだったかがその費用持ってくれるんだよな、確か―――ってことにして。
 北斗はいつもの通り嘘つくのはどうとか言ってたけど、居場所はともかく、怪我の理由はだいたいあってんだからいいじゃんと思うんだけどな。ま、ほんとは巻き添えじゃないけど。
「あんなに大量に薬もらうような怪我するなんて、いったい何やってたのさ、あんた」
「……はは」
 電童に乗ってて凰牙のファイナルアタックにやられました。
 ……んなコトが言えるワケもないので、笑ってごまかそうとしてみる。
 
 そんなオレを、母ちゃんはじっと見て。
「……まったくもう。心配させるんだから」
 なぜか、それ以上聞こうとはしなかった。
 
 
 
 
 
「……銀兄、だいじょーぶー?」
 いつの間にか、階段のところから乙女がのぞいている。
「おー」
 手を上げてやると、抱えたぬいぐるみ―――ライオンちゃん、と乙女が呼んでいるやつ―――の手を嬉しそうに上げて見せるが、それ以上こっちに近づいてこない。
 ……さては、母ちゃんに禁止されたな。
 ま、あのフライングボディアタックをもういっぺん喰らったら、たぶん死ぬしな、オレ……。
「さてと。ちょっと待ってな。今、ご飯持ってきてやるから」
 洗面器を持った母ちゃんが立ちあがる。
 ……うーん。腹、減ってるような気がするんだけど……なんか欲しくない。
 そう言ったら、母ちゃんがまた怖い顔をした。
「何言ってんだい。栄養つけなきゃ治るものも治らないだろ。それに、腹に何か入れないと薬飲めないしね」
「薬……」
 やな言葉だ。
「ほら、そんな顔してんじゃないよ。デザートにプリンつけてやるから」
「え、マジ?」
 うう、オレってゲンキンなやつ。
「そ。だから、少しでもお食べ。……ほら、乙女、行くよ」
「かあちゃん、乙女もプリン食べたーい!」
「わかったわかった」
「プリンー!」
「はいはい」
 騒ぎが遠くなっていく。
 
 
 いつもの、家だ。
 いなかったのはたった数日だけのことなのに、なんだかすごく久しぶりな気がする。
 
 すごく安心している自分を感じながら、オレは目を閉じた。
 このまま寝たらまずいかなあ、なんて思いつつ。
 
 
 
 
 
 ―――本当は。
 GEARのドクターには入院をすすめられたんだけど。
 北斗にも、ベガさんにも、長官や他のみんなにも心配されたんだけど。
 
 でも、帰りたかったんだ。家に。
 母ちゃんや乙女やじいちゃんがいる、この家に。
 
 だって、そのためにオレたちは戦ったんだから。
 
 
 
fin.

11話後日談。実は2本目だったり。
一本目は冬コミに出した電童本1冊目に載せたもので、そっちは北斗サイドの話でした。あ、これの別視点ってわけじゃないです。微妙に展開違うので。
もしこれの別視点書くんなら、母ちゃんサイドだな。

銀ちゃん一人称で書くのって、難しいです。北斗のときは使える言い回しが、銀ちゃんのときは使えないから。
だって、どー考えても銀ちゃん、ボギャブラリー貧困なんだもん(笑)
「重大な欠陥」がカタカナになっているのなんか、苦肉の策ってやつです(苦笑)

いまごろ11話ってのも何なんですが、ここの一連の話がなかったら、私ゃ電童にハマってませんので(爆)
ま、私が書く話のスタンスははっきり出てますな。銀ちゃん好き好きってスタンス(自爆)

2001.2.9