ACT.2 『彼をフィールドに連れてって』
 
 
 
 ―――どうしちゃったんだろう、これ。
 
 軽い目まいを感じつつ、ルリーは電磁ネットの向こうのリーガーたちを眺めた。
 今はまだ、ナショナルリーグのシーズン中だというのに。
 ここはシルバーキャッスルの屋外練習場。あのころの思い出の詰まった、はじめからあったグランド。
 そう広くはないフィールドで、元気いっぱい走り回る彼等がやっているのは、野球であった。
 マグナムが投げ、ウインディが走り、リュウケンが鉄壁の守備を見せる。外野ではトップジョイが「ハッピー」を連発しつつ跳ね回っているかと思えば、ゴールド3兄弟の竜巻が空高く舞い上がり……。
「……ほんとに、自分のチームの練習さぼっちゃって、大丈夫なのかしら、あのひとたち」
 そう。シルバーキャッスルのメンバーに混じって、なぜかゴールド3兄弟がいる。さらには、シスレー、ワット、アンプら、もとはぐれリーガーたちの姿があるのだ。
 ただのOFFだったはずなのにねえ。
 首をかしげるルリーの脳裏に、昨日の光景がよみがえった。
 
 
 彼女が見守る前で、マグナムは包みにかかったリボンをそっと外し、包装紙を丁寧に開いた。
 プラスチックの箱の蓋を引き開けて、中を見たところで、マグナムの動きが止まった。
「これは……」
 つぶやいて、中身を取り出す。
 それは、アイアンリーガー用の野球ボールだった。
 ただし、普段使っている工場での大量生産品とはわけが違う。職人と呼ばれる人間が1つ1つ手作りでしあげた、最高級と言われる品である。
 予約生産しかしないため数が限られており、めったにお目にかかれる代物ではない。
 ―――ルリー自身、実物を見るのは今が初めてで。
 さらに言うと、存在を知ったのも、何をプレゼントにしようかと、色々な資料をひっくり返しているうちに見つけた、昔の彼の記事の中でだった。
 
 シルバーフロンティアと呼ばれていた彼の、とある賞の受賞記事。
 小さく載っていた副賞リストの中にその品を見つけて、これだと思った。
 
「えへへ、何にしようかなあと考えたんだけど、他に思いつかなかったのよ。……気に入ってくれた?」
「気に入るも何も……すみません、こんな、高いものを、わざわざ……」
 恐縮した様子を見せながらも、マグナムの意識はほとんどそれに集中してしまったようだった。
 箱から取り出したそれを握っては回し、握っては回し、と何度も感触を確かめている。
 その様子があんまりにも楽しそうで。
 
 ―――そういえば、ここんとこ、サッカーばっかりだったわね……。
 サッカーと野球両方のリーグに登録しているとはいえ、選手層の薄い自分たちには、両方一度に、という芸当は不可能である。そうなると、もともとサッカーチームであるシルバーキャッスルが優先させるのは、サッカー、ということになるわけで。
 そのことについて、チームリーダーの彼は、文句ひとつ言ったことはない。
 でも、彼は野球リーガーで。
 その彼が、野球から遠ざけられてしまっていて、本当はやりたいと思っているんだろうな、ということは、確かなわけで。
 だから。
「……ねぇ、マグナム。明日、野球やらない?」
「え?」
「明日OFFでしょ。ただそれぞれでブラブラしてるより、どうせなら、みんなで何かやった方が楽しいわよ。みんなには、あたしが声かけるから。―――ね、やらない?」
 とまどった様子を見せる彼に、畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
 マグナムは少しばかり迷う様子を見せた後、恥ずかしそうに笑った。
「……いいですね。野球、って聞くと、やっぱり嬉しくなります、俺」
 
 
 ウインディたちに話をしたところ、みんなすぐのってきてくれた。
 おまけに、どこから聞き付けてきたのか、ゴールド3兄弟やもとはぐれの現中央リーグのリーガーたちが、自分達も混ぜろと言って押しかけてきた。
 どうせなら、試合形式でやろうということになって。
 集まった顔ぶれを適当に2チームに分けたのはいいが、メンバーが多すぎてかなり変則的な構成になった。外野が5人いたり、ショートがあっちにもこっちにもいたり、一つのベースの前と後ろを守っている奴がいたり。
 特殊技―――魔球とか、某兄弟のフォーメーションとか―――は禁止ということで話がまとまった。それを使うとマジになりすぎるし、第一ここで使ったら危険過ぎるということで、該当者が了承したのだ。
 やたらとかかった準備時間のあと、ようやくプレイボールとなった。
 
 あまりの人数の多さに、本家本元の野球リーガーたちが、正規ルールを把握しているがゆえに混乱を起こしかけたり。
 主審の順番が回ってきたはいいけれど、アウトカウントだのなんだのをみんなごちゃごちゃにしてしまい、余計にワケわからない状態にした奴がタコ殴りになりかかったり。
 どっかの兄弟がテンション上げすぎて竜巻起こして元先輩とか元相棒とかに鎮圧されたり。
 そんな無茶苦茶状態の中。それでも、集まったリーガーたちは楽しそうにプレイをしていた。はしゃぐ様子は、まるで人間の子供のようで、観客であるルリーの笑いを誘う。
「ライジングぅぅ……」
「わーーーっ!兄貴駄目だってばよぉ!」
 オイルが熱くなりすぎて魔球を投げようと投球モーションに入ったゴールドアーム。
 キャッチャーをしていたゴールドマスクが慌てて止める。
「おお、そうだった。いけねぇいけねぇ」
「……ボーク。」
 がはは、と笑って上げた足を下ろしたところで、ちょうど主審の順番が回ってきていたマグナムが冷静に指摘した。
 アームの動きがぴたっと止まる。
「ち、ちょっと待て、そんなのアリかマグナム!?」
「当り前だろう、どこから見ても見事なボークだ。なあ、マスク」
「う、うん……兄貴ィ、しっかりしてくれよぉ……」
「こんな試合でそんな細けぇトコまで気にしてられるかーっ!!」
 弟にまで言われてキレたアームがわめくと、マグナムがいつもの説教口調で言う。
「何を言う。俺達は、どんな試合でも全力をつくさなければならないんだ。そうだろう?」
「う゛……」
 正論をつきつけられて、アームが詰まった。
 そこへ、たたみかけるように、マグナム。
 
「……だが、確かにこの人数じゃ、そこまで細かくはしてられないな。と、いうことで、今のはナシだ」
 
「何じゃそりゃあぁっっ!!」
「なに、ちょっとしたお茶目だ」
「……」
 アームは今度こそ絶句した。
 
 
「マグナムもキレてんなぁ……」
 ファーストにいたウインディがぼそりとつぶやく。
 やりとりを眺める全員の首が縦に振られた。
 ……しかし、誰も止めようとしない。
 何故なら。
 
 
「……ま、こんなコトあっても、たまにはいいわよね」
 ネット裏で笑いころげつつ、ルリーはそう一人ごちる。
 
 マグナムは笑っていた。
 おそらく、誰もが初めて見たのだろう。
 
 ―――無邪気な、明るい笑顔。
 
 
 彼の歩く道が、どんなに険しいか、知っているから。
 だからせめて、今日くらいは、全てのしがらみから解き放たれて笑顔でいてほしい。
 ……それは、みんなの祈りかも知れない。
 
 
 

Act.2 Finished.

All Stories Finished.Thanks.


これ、実は初出じゃなかったり。はるか昔にとあるサークルさんにゲストしたときのもののリライトです。知ってる人はまずいないと思う(^^;
で、そのときのテーマが「マグナムの幸せ」。

当時はOVAシリーズリリース真っ最中で、それも3巻と4巻の間。アニメ誌に載ってた彼の姿にショックを受けて、どん底はまってた時期です。4巻発売延期で追いうちかけられてねえ……。
そういうなかでこのテーマって、すごい辛かった覚えがあります。
泣いたり落ち込んだりして、彼の幸せってなんだろうって苦しんで。そうやって書いた話。

そんなわけで、いろいろと手を入れて復活させてみました。

2001.2.26