『微笑みを目指して』 |
戦いすんで、夜が明けて。 朝の澄んだ空気の中を、翔鯨丸は飛んでゆく。 「ああ、ハラ減ったなあ……」 舵を握りながらの、カンナのぼやき。 「帰ったらメシにしようぜ、メシ」 「……まったく、いつもいつも、食べることしか頭にないんですの?」 それにつっかかるのは、寝不足の顔をしきりに気にしているすみれ。 「うっせえなサボテン女。化粧落ちてひでえツラになったからって当たんなよ」 「な……なんですってえ!? あなたこそ女ならもっと気にすることがあるでしょう! これだからゴリラな女は困りますわ」 「……んだとう!?」 「ふたりとも止めなさい!! カンナ、あなた操縦中でしょう!」 「てゆーか……徹夜明けだっちゅうのに、元気やねえ……」 「まったくデース……」 マリアの一喝に、紅蘭と織姫の呆れたようなささやきが続く。 「ねーえ、レニ?」 ブリッジに響くひときわ高い声は、仲間を……いや、友達を取り戻して、ご機嫌のアイリスだ。 「……なんだい、アイリス?」 答えるレニは、少しばかりとまどっている様子で、自分の腕にまとわりつく黄色い頭を見下ろしている。 無理もない。凍っていた彼女の心には、ようやく春の光が届いたばかりなのだから。 「えへへっ、レニ。あのね、あのね……」 「?」 「かえったら、いっしょにはなかざり、つくろ?」 「え……でも……ボク、作り方を知らない」 「だーいじょーぶ! アイリスがおしえてあげるから! ね?」 「……うん」 つられたように、ごくかすかにではあったが。 そのとき確かにレニの顔に浮かんだもの。それは。 ―――あたたかい、微笑み。 「よかったですね、大神さん」 さくらがほっと息をつく。 「……ああ」 返したのはたった一言。それで、十分だった。 ブリッジをそっと抜け出す。 少女たちの穏やかな時間を邪魔しないように。 「……ふう」 船尾の格納庫。機械がつくる薄暗い影に隠れるように座り込む。 機械音が満ちたここなら、多分彼女たちにばれることはないだろう。 「……っ……」 腕組みをしているように見せかけて、ずっと押さえていたわき腹から手を外した。 途端に感じる、暖かい液体が流れる感触。見れば、白の生地が裂け目から赤に染まり始めている。 「あ、まずい……痛っ」 あせって上着を脱ごうとした動きに合わせて、鋭い痛みが走った。 思わず顔をしかめた、そのとき。 「…………隊長?」 「!!」 背後からの声。 「……やはり、お怪我をなさってましたか」 「マリア……」 おそるおそる振り返ると、アイスグリーンの瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。 手には、救急箱。 「……バレたか」 「バレたか、じゃないでしょう」 「……はは」 ぽろっともれた一言をぴしゃりと片付けて、マリアはつかつかと歩み寄ってきた。 隣に座って箱を開け、さっさと手当てを始める。 有無を言わさぬ態度にそれ以上隠すこともできず、おとなしく彼女の手に傷をゆだねた。 マリアの動きに合わせて、金色の髪がゆれる。 いつもは少しだけ高い位置にあるそれがすぐ目の前にあるのが何故か不思議で、視線がはなせない。 じっと見つめていると、急に動きが止まった。 「……何を見てらっしゃるんですか」 薄暗いこの空間でも光を放つ髪の下に、ちらりと見える彼女の頬。いつもは白いそれは、ほんのりと朱に染まっていた。 ―――この状態を、『見とれている』と言うんだろうな。 妙に客観的なことを思いつつ、正直に答える。 「マリアの髪……綺麗だなあと思って……」 ……ほんとは髪だけじゃないけど。心の中でそう付け足して。 一瞬、間が空いた。 「……隊長」 「い、痛ててててっ」 突然ぎゅうっと包帯を締められて、思わず悲鳴をあげる。 「人をからかう元気があるくらいなら、たいした怪我じゃありませんね」 怒ったような口調のマリアは、耳まで赤くなっていた。 上着の袖に腕を通しながら。 「……なんだかひどい目にあった気がする……」 「自業自得です」 周りの音にまぎれるよう、こっそりとぼやいたつもりだったのだが、しっかり聞かれていたらしい。 使った道具を片付けている彼女は、さっきから後ろを向いたままだ。 見えているまだ少し赤い耳が彼女の本心を示しているようなのだが、これ以上刺激してもまずいので、黙って服を整えることに専念する。 たくさんついたボタンをとめて、ベルトを傷に触らない程度に締めた。 戦闘服は防水素材なので、わずかな根気とコツさえあれば血の跡もふき取れる。そうすれば、複雑に切り替えの入ったデザインということも手伝って、脇腹の部分にできた裂け目も目立たなくなった。 そろそろと身体をひねりつつ見た目を点検していると、片付けを終えたマリアが箱の蓋を閉めながら立ちあがった。 「大丈夫ですか?」 「おかげさまで」 「まったく、隊長はすぐ無茶をされるんですから……。帰ったら、きちんと医務室へ行ってください」 口調は厳しいが、心配してくれてのことだとわかっているので、素直に頭を下げた。 「ああ、すまない。ありがとう、マリア」 「……いえ」 何故かまた赤くなりながら、マリアが頭を振っている。 しかし、 「ブリッジに戻ろうか。そろそろみんなが不審がるかもしれない」 「そうですね」 その一言で、すぐに普段通りの顔を取り戻すのが、しっかり者の彼女らしかった。 備品庫に救急箱を戻して、船の前部へと通路を歩く。 まだ出動中ということで痛み止めを断ったため、動くにつれて重い痛みを感じる。でもそれを見せないのが、隊長の矜持と男の意地という奴で。 大きな船窓の前を通りすぎたところで、それまで規則的に聞こえていた背後の足音が不意にやんだ。 「マリア?」 振り返ると、窓の前で立ち止まった彼女が、ガラスの向こうをじっと見ている。 戻って、彼女と肩を並べてみた。 そこから見える空は、どこまでも青く澄んで……。そして、光に満ちている。 ……これからの、レニのように。 「隊長」 「なんだい?」 マリアの声に、あえて視線を動かさぬまま答える。 「……ありがとうございました」 ―――あの子は、昔の私に似ていますから……。 少し前、そう言って、哀しそうに微笑んだ顔と。 かつての彼女が持っていた、氷に鎧われた表情。 それらが、脳裏に浮かんで……消えた。 隣を見る。 計ったように同じタイミングで、マリアがこちらを見た。 視線が、合う。 ―――微笑むのも、同時だった。 「あーーっ!! お兄ちゃんとマリア、そんなところで何やってるのぉ?」 突然の大声。 声の主が走ってくる、ぱたぱたと響く足音を聞きながら、ふたりして目を瞬かせること、数度。 それから。 「……行こうか」 「はい」 今度は苦笑して。 望むのは、少女たちの笑顔。 彼女の微笑み。 だから戦う。 すべては、微笑みを目指して。 |
fin. |
ででで、できあがったカップル……(照) TOPで騒いでいた、無くした書きかけってのがコレです。その時点ではレニとアイリスの会話までしかなかったんですが、発見して続き書き出したら、あれよあれよという間に夫婦の会話の出来上がり(自爆) 戦闘服に穴空くような怪我した場合、ホントにバレずにすむかどーかは……謎です(苦笑) |
2001.3.27 |