───認めなくてはと思った。
 
 
 
 それまでは。
 ガミラスを憎み、沖田艦長を恨み。闇に閉ざされた思考の底で這い回りながらも、細い細いほんの僅かの望みの糸を、断ち切ることはできないでいた。
 
 けれど。タイタンで見つけた、見覚えのあるもの。
 
 
 ゆきかぜ。そしてコスモガン。
 
 
 形となってつきつけられた現実。
 
 ……もう、認めるしか、なかった。
 かつて、母のスカートの切れ端を見つけてしまったときのように。
 
 そうして、俺は一度、認めてしまった。
 
 
 
 ───兄さんが、いなくなった、ことを。
 
 
 
『Brothers』
 
 
 
 ───突然、暇になった。
 
 
 
 ヤマトは、旅の目的地、イスカンダルについに辿りついた。
 だからといって、のんびりしている余裕など、あるわけがなく。
 
 まずは、艦体の損傷チェックと応急処置。死亡者の収容・葬儀や、負傷者の治療。ガミラス本星での決戦の後、慌しくイスカンダルへと降下したヤマトでは、チェックも点呼もロクにできていなかった。
 次に放射能除去装置、コスモクリーナーDの受領。そのために、自分達は旅をしてきたのだ。
 それから航行計画の再検討。一日でも早く、地球へ帰れる航路を。計画よりも大幅に遅れている。期限までに帰り着かねば、意味はない。
 周辺宙域の偵察。ガミラス本星は壊滅したが、宇宙に出ていた戦力が残っている可能性はある。
 帰りの旅に備えての、本格的な修理。生き残った人員でのシフトの建て直し。戦闘の機会は少なくなるだろうが、長旅であることに変わりはない。
 その他、山積みになった大小さまざまな問題事項への対応。
 
 到着の喜びにひたったのもつかの間。
 第一艦橋のメンバーを中心に、乗組員全員がそれらの仕事に追われることとなった。
 
 
 もちろん、戦闘班長兼艦長代理である俺自身も例外ではなく。
 
 病床の沖田艦長の名代として、イスカンダルの女王、スターシャさんと面談し。
 受領したコスモクリーナーDの設計図に目を通しながら、真田さんと組み立てスケジュールについて検討。
 生活班長のユキとともに、収容できた死亡者をイスカンダルで埋葬する許可をもらいに行く。
 南部や加藤、山本たちとは、頭を突き合わせて戦闘班のアラート待機のシフトを組み直し。
 それから、島たち航海班が缶詰になっている第二艦橋や、エンジンの調整に追われる機関室にも顔を出して───。
 
 慌ただしく艦内外を駆けずりまわる日々が続く。
 
 そうして、一週間───イスカンダルの自転周期は地球とほぼ一緒だった───が経過した。
 
 
 そこで、突然、暇になった。
 ───いや、暇にされた、と言うべきか。
 
 
「半舷上陸を許可する」
 その日下った沖田艦長の命令。
 もちろん、命令に不服はない。緊急に処置しなければならない事項はほぼ終わっている。まだまだやることは残っているとはいえ、一般の乗員たちにはそろそろ休息を取らせてやれそうだ───と、打ち合わせの傍ら各班の責任者たちとも話していたところではあった。
 だが。
 
「古代。お前前半な」
「……は?」
 
 艦長室から戻ってきて、総員にそれを告げた後。
 ちょうど第一艦橋に登ってきていた真田さんにそう言われて、思わず間抜けに聞き返してしまった。
「あの、真田さん?」
「コスモクリーナーDの組み立てプランを立ててしまいたいから、俺はもうしばらく手が空かん。艦長も艦内にいらっしゃる。……ということで、お前と島が前半だ」
 
 乗員の半数ずつに休息をとらせる半舷上陸では、基本的にそれぞれの所属班の中でグループ分けが決まっている。第一艦橋のメンバーの場合はさらに制約があって、例えば、艦の責任者である沖田艦長と艦長代理の俺、舵をとる航海長の島と技術責任者で操舵も可能な真田さんは、必ず分かれていなければならない。
 だから、艦長と真田さんが残るのなら、自動的に俺と島が休みになる。
 ……それはわかる。わかるのだが。
 
「いえ、俺も残ります」
 とだけ応えて、確認途中だった書類に目を落とす。
 まだ休むわけにはいかなかった。艦長は体調がおもわしくなくて残るのだし、真田さんは、いや真田さんに限らずメインクルーは皆、たくさんの仕事を抱えているのだし。もちろん、自分だってその一人だ。
 
 ……ああでも、島は先に休ませないとな、運転手なんだし。
 それと、ユキも。一番いろいろ兼業してるもんな、彼女は……。
 
 ページをめくりながら、ふたりがそれぞれ詰めているであろう、第二艦橋と医務室へ連絡を入れておこうか、と思いついたとき。
 
 ───手の中からバインダーが消えた。
 
「……え?」
「おい、古代」
 再び間抜けな声を上げた俺の耳に、ため息混じりの声が飛び込んできた。
 視線を上げると、真田さんは仕方ない奴だ、と言いたげな顔で苦笑している。
「確かにスケジュールは厳しくなってきているがな。それでも、これから充分挽回できる範囲だ。ガミラスの残存勢力も今のところ見当たらない。……だから、そんなに根詰めることはないんだぞ」
「はあ……。ですが、それなら真田さんのほうこそ」
「俺はいいんだ。新しい技術を見ることができるんだから、半分趣味の時間をとってるようなもんさ」
「いや、あの……」
 
「行ってきてくださいよ、古代さん」
「相原、けどな」
「そうそう、チーフは働きすぎですって!」
「南部……」
 しぶる俺に、居合わせた他のクルーたちからも声がかかる。
 
 さらには、
 
「上がちゃんと休まなかったら、部下が安心して休めないだろうが、艦長代理」
 
 ───なんて言われてしまうと、それ以上の反論はできなかった。
 
 
 休む前に、何か問題はないか各部署に連絡を入れる。すると、どの部署からも、あっさり「問題なし」との答えが返ってきた。
 それどころか、「いいからさっさと休め」と言われる始末。……何だと思われているんだろうか、自分は。
「では、真田工場長。お先に失礼します」
「了解した、艦長代理。よい休暇を」
 最後に、既に作業に戻っていた真田さんと挨拶を交わして、エレベーターに足を向ける。
 
 
 昇降ボタンを押したところで、背後から追いかけてきた声。
「……兄貴とゆっくり話でもしてこい。せっかく生きて会えたんだからな」
 
 振り返ると、兄の親友はメインパネルの方を向いたまま、ひらりと手を振った。
「守に、よろしくな」
 
 その背中に黙って一礼し、俺はやってきたエレベーターに乗り込んだ。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
 居住区に入ったところで、
「……お?」
「よう」
 所在なげに歩く島と遭遇した。
 
「なんだ、お前もか、古代」
「ああ、真田さんに追い出されたよ」
「こっちは太田にだ。って、お前の場合、真田さんだけじゃないだろ?」
「う。……みんな気を使いすぎなんだよな、まったく」
「まあそう言うなって。だいたい、言われなきゃ休まないじゃないか、艦長代理」
「その言葉、そっくり返すぜ航海長」
 ひとしきり言い合って、互いに苦笑する。
 頭に浮かんだのは「このワーカホリックめ」という台詞だが、あの顔を見る限り、向こうも似たようなコトを考えていそうだ。
 
 
 
 そのまま連れ立ってのたくた歩く。どうせ部屋も隣同士だ。
 ───通路の向こうから、騒ぐ声が響いてきた。同じく休暇に入った者たちだろう。
 海がどうとか、緑がどうとか、わいわい言っている。かなりのハイテンションのようだ。
 
 旅の途中、いくつかの惑星に立ち寄る機会はあった。が、簡単な調査と物資の補給がせいぜいで、休息のための滞在が可能な星は一つもなかった。時間もなかったが。
 結果、これが地球を出発してから初めての半舷上陸となる。皆が浮かれるのも無理はない。
 
 それに。地球人類の生活が地下都市に移行してから、もうずいぶん経つ。
 ……久しぶりの地上、久しぶりの自然だ。
 
 
「……あいつら、羽目を外しすぎたりしないだろうな……」
「一応、さっきの艦内放送で釘は刺しておいたぞ?」
「ああ、聞いてた。けど、あの様子じゃあ、はしゃいで甲板から海に飛び込む奴の一人や二人、出てきそうだな……」
「……かもな」
 やれやれ、と言いたげな表情で、心配性の航海長が肩をすくめる。
 ……それは楽しそうだ、とちょっとだけ思ったのは秘密にしておくことにした。
「で、お前はどうする?」
「とりあえず俺も少し外の見物して、あとはメシ喰って寝るかなあ……」
「うっわー、じじくせーの」
「るせえ、ほっとけよ。そっちこそどうなんだ……って、決まってるか」
「え?」
「待ってるんじゃないのか、守さん」
 
 さらっと言われて、言葉に詰まってしまった。
 ……コイツもか。
 
「古代」
 欠伸混じりだった島の声が、急に真面目になる。
「……真田さんにも言われたよ、『せっかく生きて会えたんだから』って」
 ようやく返した言葉は、我ながらやけに弁解じみていた。
「そりゃ言うだろうさ、真田さんじゃなくても、誰だって」
「ちゃんと会ってるだろ? スターシャさんに会わせてもらったときとか、ヤマトに連れてきたときとか」
「さっさと帰ってきてコスモクリーナーの引き渡しに立ち会ってたのは誰だ? 真田さんと俺だけでいいって言ったのにさ。守さんがヤマトに来たときだって、そうだ。艦長室に案内したっきり、自分はどっか行っちまったじゃないか」
「……別に、着いたばっかりで忙しかっただけだよ、艦長代理なんだから。それに、真田さんだって兄貴とロクに話してないじゃないか」
「弟のお前が行ってないから遠慮してんじゃないのか?」
「…………」
 容赦ない突っ込みに、それ以上言い返せず黙りこむ。
 
 
 部屋へ向かっていた筈の足は、いつの間にか、止まっていた。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
 自覚は、している。
 仕事なんて……ただの、口実だと。
 
 
 ───兄さんが生きていてくれて嬉しかった。それは、確かだ。
 
 いくらそうであって欲しいと願っても、現実がそう優しいものではないことは、誰よりも自分がよく知っていたから。
 だから、なおのこと、嬉しかった。
 マザータウンに赴く用事を無理矢理作ってでも、会いに行きたいと……思ってはいるのだ。
 
 でも、実際の行動は、逆で。
 宮殿に行っても、毎回、用が終わり次第すぐにヤマトに帰ってきている自分。
 
 
 
 ……これは、逃げだ。わかっている。
 
 
 兄さんに、会いたい。話したい。
 その思いは嘘じゃない。……嘘じゃ、ない。
 
 
 けれど、それは。
 
 それは、『あの日』の追体験をも、意味していて───
 
 
 
 氷に閉ざされた艦体。返らない声。冷たく凍りついたグリップの感触。
 
 
 赤く染まった空。焼けた地面。ほろほろと崩れる繊維の感触。
 
 
 
 ───脳裏に焼きついた光景。喪失の、記憶。
 
 
 
 呼び起こされてしまうのだ、それらが。
 握った手の暖かさが。「進」と呼ぶ声の優しさが。
 兄さんが生きて目の前にいるという実感が……あればあるほど。
 
 
 どんなに覆おうとしても。覆えても。
 いちど穿たれた穴は、決して埋まることはないのだと。
 
 
 あのときお前は認めてしまったじゃないか、と。
 
 
 
 ───そう囁く己の心が、足を竦ませている。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
 沈黙を続ける俺に。
「……なあ、古代」
 呼びかけてくる島の声は、さっきまでの追及するものとは違っていた。
 
「会いたくないわけじゃ、ないよな?」
「…………」
 無言のまま、頷く。
 そうか、と言って、島が軽く息をついた。
 
「……なら、さ。ちょっと顔出すだけでも、いいんじゃないのか?」
 
 続いた口調は、あくまで穏やかで。
 ついと伸びてきた手に、髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜられる。
 
 ……なんだよ、子供扱いしやがって。
 そう、ムカっ腹を立てながらも。
 撥ね除けられないでいる自分がいる。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
 ───察してくれているんだろう、島は。
 
 
 
 付き合いは、艦の中で一番長い。
 今の『俺』とだったら、それこそ兄さん以上だ。
 
 
 クールの皮を被った熱血野郎。
 アクシデントに弱いパニック体質。
『お前なんか熱血の皮被ったヘタレ野郎のくせに』
 
 そう言い合って何度殴り合いになったことか。
 
 
『官報見たぞ。最年少艦長だってな、お前の兄さん』
『ああ、当然の人事だよな。なんたって俺の誇りだからな』
『そうかそうか、良かったな古代』
『って、頭撫でんじゃねえっ!』
 
 
 時にはぶつかって、時には話をして。
 そうしていつの間にか、『相棒』と呼ぶようになった存在。
 
 
 同い歳のくせに。
 身長だってたいしてかわらないのに。
 
 ……なのに、ときどき兄さんと同じ目をして俺を見る。
 
 
 
 そして、兄さんが知らない俺を、この男は知っている。
 
 
 ───訓練学校入学当時。そして、冥王星会戦の直後。
 一番酷い状態だった俺を、誰よりもコイツがよく知っていた。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
 だからだろう。その言葉に頷く気になれたのは。
 
「……行って、くる」
 乗せられたままの手を退ける動作が些か乱暴になったが、島は気にした風でもなかった。
 それどころか、
「そうか。……守さん、きっと喜ぶぞ」
 宙に浮いた掌をひらひらさせつつ、嬉しそうな表情まで見せてくる。
 
 
 なんでお前まで嬉しそうなんだ、と文句を言おうとしかけて。
 
 思い出す。
 
 
 
 コイツが会えるのは、任務を果たしてから。
 必ず帰るつもりではいるけれど、帰すつもりではいるけれど。それはまだまだ先の話で。
 
 
 
「……すまん」
「何がだ?」
 俺の様子に、今度は、わけがわからない、といった顔を見せる島。
 
 だが、それもまた───おそらくはコイツの心配りなんだろう。
 ようやくそれが見えてきて、思い知らされる。いかに己の容量が小さいかを。
 
「……いや、いい。それより……サンキュ、島」
 自然と口をついて出たのは、感謝の言葉だった。
 
 途端。
 
「…………」
 それまでにこやかだったのが一転、無表情になってそっぽを向く、相棒。
 
 
 ……ったく、いつもいつも素直じゃないだの何だのさんざん言ってくれるくせに。人のこと言えないじゃないか、この照れ屋め。
 
 再び歩き出す、その隣に並びながら。
 俺はそっと笑いをかみ殺した。
 
 ───しっかり気づかれて、小突かれる羽目になったが。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
「……そうそう」
 
 自室の前にたどり着いて、パネルに手を伸ばしかけたところで。
 ふと思いついた、というように島が言った。
「何だ?」
「いや、な」
「もったいぶるな。さっさと言え」
 応えながら、内心警戒を強める。
 チェシャ猫笑いというのか……とにかく、こういう顔をしたときのコイツは、ロクなことを言わない。
 
「顔出しに行くんなら、ちゃんとユキも連れてけよ」
 
 
 思考停止。
 
 
「───な」
 
 
 再起動。
 
 
「なななななんでユキを連れてかなきゃなんないんだよ!?」
「なんでって……そりゃあ……なあ?」
 だからその笑みはやめろっての。
「ユキも前半らしいからちょうどいいだろ。やっぱりそういうのは大事だと思うぞー俺は。守さんだって喜ぶだろうしなー」
「一人で頷いてんなよ、おい」
「お、噂をすればなんとやら、かね。おーい、ユキー」
「島っ!」
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
「進、その痣はどうした?」
「……なんでもない」
 
 
 
fin.

1作目のタイムスタンプ見て眩暈覚えた今日この頃。
最初はイスカンダル着いてやっとお休みもらえた10代3人の休日模様、くらいだったはずなのに。
なにがどうしてこうなったんだ薄暗作家、な代物に成り果てました。
これもMORINEKOさんのところに送らせてもらう予定だったんですが、BLOG見て自粛。
あちらも大変そうだなあ。

2009.04.18