Act.0
 
 
 
 かつかつかつかつ……かつ。
 
 ───たとえ、この世界が0と1の信号の塊であったとしても。
 そこに入り込んでいる以上、地面は彼らの足元を支え、蹴れば固い音を返す。
 
 森に向かって口を開ける、大地にできた空隙の中で。
「ちっくしょう、いつまでんなコトやってなきゃなんねえんだよ……」
 少年は、広くなったスペースのど真ん中に陣取って、底の厚いブーツを履いた足を小刻みに動かし続けていた。
 ……プラス、口も。
「あーもう、デジモンカイザーの奴、毎回毎回毎回……ホント何考えてやがんだったく」
「ダイスケ……」
 低い声でぶつぶつ言い続けている様子は、見るからにイライラ蓄積中といった感じで。
 そのまわりを、青色の恐竜に似た生き物───デジタルモンスターと呼ばれるこの世界の住人───が、おろおろうろうろと回っている。
 
 壁によりかかって座っていた少年が、一人と一匹を眺めて面白そうに笑った。
「すこし落ち着きなよ、大輔くん。今あせってもどうにもなんないよ?」
「うっせえ!」
 からかうように投げられた声に、返ってきたのはトーンとボリュームのアップした罵声だった。
 響いていた音も、かつかつ、から、がつがつ、といった荒いものに変化する。
 
 
 彼らがいる洞窟は、広いぶんだけ全体的に薄暗かった。
「だいたいタケル! なんでお前はいつもいつもいつもいつもいつもいつもそんなに冷静なんだよっ」
 一気にそこまで言いきって、ぜーはーと息をつく、中央に立つ少年───大輔。
 その様子をきょとんと見やって、タケルと呼ばれた壁際の少年は首をかしげた。
 彼の頭上に乗っかっているネズミのような姿のデジモンが、掴まっていた帽子ごとずり落ちる。
 ころんと転がった小さな身体を、すぐに伸びた手がすくい上げた。
「なんでって言われてもねえ……?」
「ねえ?」
「だからそこでのんきに首をかしげるなーっ!」
 仲良く同じ向きに頭を傾けているコンビを見て、大輔の声がさらにボリュームアップする。
 
 心配そうな顔つきで外を気にしていた、口論中の男子二人よりも年上らしい少女が、ぎろりと音を立てそうな目つきで二人をにらんだ。
「ちょっと、静かにしなさいよアンタたち! せっかく隠れたのに見つかっちゃうでしょーが」
「あ、ごめんね京さん」
「……」
 笑顔で謝っているタケルを横目に、口をつぐんだ大輔はそっぽを向く。
 不機嫌さを隠そうとしないその態度に、彼のまわりをうろうろするデジモン───ブイモンが、さらにオロオロ顔になった。
「ダイスケぇ……」
「……止めなくて、いいんですか?」
 洞窟の一番奥に座った、彼らよりもさらに小さな少年、伊織が、すこし離れた位置に立つ少女に視線を向けた。
 最年少の彼の額ににじむのは冷や汗か。
「大丈夫よ」
 聞かれたほうは、いたって落ち着いた様子で、その光景を見守っている。
「第一、もうそろそろおにいちゃんが止めるし。ねえ、テイルモン」
「そうだな、ヒカリ」
 腕に抱えた猫に近い外見のパートナーと目を合わせて。
 ヒカリはくすっと笑った。
 
 
「大輔のヤツ……」
「……おいコラ。頼むから止めとけよ、ヤマト」
 
 展開されたやりとりを見て憤る制服姿の少年と、呆れた顔でそれを止める、同じく制服を身に着けたもう一人の少年。
 タケルの兄ヤマトと、ヒカリの兄、太一。
 一行の最年長である兄ふたりは、自分のパートナーデジモンと共に、入り口を守るように立っていた。
 そのすぐ脇では、制服組の最後の一人、光子郎が、膝上に広げたノートパソコンの画面に没頭している。
 ぐるりと仲間たちを見渡してから、太一はなだめるような口調で続けた。
「ったく。タケルが落ち着いてるのにお前がキレてどーすんだよ」
 これだからブラコン兄貴は、とこっそりため息ひとつ。
 鋭い視線を弟たちから離さぬまま、ヤマトがぼそりと言った。
「……わかってる」
 
 ───嘘だ。その目は絶対わかってねえ。
 
 内心で突っ込んでから、今度はムクれている後輩へ声をかける。
「おーい、大輔ぇ?」
「は、はい!」
 びくん、と背を伸ばした大輔からは、ひっくり返った声が返ってきた。
「……光子郎の解析が終わるまで、だ。だからもう少し我慢しろ。……いいな?」
「……はぁい……」
 一気にしぼんでしまった後輩の様子に、太一は思わず苦笑する。
「まあ、イラつく気持ちもわかるけどな……」
 
 つぶやいて外へと向けた、彼の視線の先には。
 
 
 ―――高く茂った梢の向こう。
 なんとも言えない色に染まった空に浮かぶ、黒い何かのシルエット。
 
 
 ……そう、それを見つけたときは誰も。
 
 誰も、こんな事態になるとは思っていなかったのだから。
 
 
 

Act.0 Finished.

 

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2001.03.31(改訂2004.04.13)