『Playing Field』
 
 
 
Act.1
 
 
 
 それまでは、特別なことは何もない、ごく普通の日だった。
 
 放課後。
 小学生組はいつも通りにダークタワー倒しに出かけていった。
 本日のゲート当番は、常勤───パソコンルームの主とも呼ばれる───の光子郎の他、太一とヤマト。お台場中は今日までテスト期間だったため、どちらも部活はない。
 
 ここしばらくはデジモンカイザーの侵攻スピードもゆるやかで、お出かけ組はまるでピクニックにでも行くかのようにゲートに飛び込んでいった。
 きょうだいや後輩達の無事を祈りながらただ待つ側としても、この状況はかなり気が楽だ。
 
 
 のんびりとそんなことを話しているところに届いた、一本のメール。
 差出人は、お出かけ組の最年長、京。
 
「……太一さん」
 件名を一目見て、光子郎の表情が変わった。
「大輔くんたち、何か変なものを見つけたそうです」
「変なもの?」
「ええ……」
 聞き返す太一への返事もそこそこに、光子郎は眉を寄せながら本文を読んでいる。
「変なもの……ねえ……。ヤマト、何だと思う?」
 繰り返した太一が、隣に立つヤマトに話を振ったが、
「さあな」
 一言で片付けられて、つまらなそうに口をとがらせた。
「……あ、ヒカリさんからも来ましたね」
 何か言おうとした途端に光子郎の声。
 告げられた妹の名前に注意を引かれて、太一の視線がパソコンモニターに移った。
「ヒカリが? 何だって?」
「その『変なもの』をデジカメで撮ってくれたそうです。待ってください、今データをダウンロードしていますから」
 
 やがて、画像ビューアのウインドウにあらわれた、問題の物体の姿。
「…………」
 覗きこんだ三人は、それぞれに首をひねった。
 球形と円柱と棒が組み合わさったような形状。球の部分にはところどころ穴が空いている。
 真っ黒に塗られたそれが、草の上にごろんと無造作に転がっているというのは―――
「なるほど、確かに『変なもの』ですね、これは……」
 一人でうなずいているのは光子郎。
 のこるふたりは、
 
「なあ、あれ。すっげえ最近見たような気、しねえ?」
「確かに……」
 
 記憶を掘り起こすのに懸命だった。
 ……さて、何処だったか。
 学校じゃない。部活関係でもない。家にもこんなものは置いてない。というか置く場所なんてない。
 となると。
「最近出かけたところで、ってことだよな……」
「オレもお前も見覚えあるってことは、ふたりでってことだぜ……あ!」
 ぼそぼそささやき合ううちに、手を叩いたのは太一。
「アレだ、ヤマト! 渋谷の駅前!」
 言われて、ヤマトも思い出す。
 
「ああ、あれか」
「ええ、プラネタリウムの映写機にそっくりですね、これ」
 
「……へ?」
 あっさりとそんな声が聞こえて、ふたりの目が点になった。
 
 
「……でもこれ、何かおかしいんですよ。……性質が」
 年上ふたりの様子を気にすることなく、光子郎は真剣な表情でキーボードをせわしなく叩いている。
 その様子を見たふたりの表情も真面目になった。
「形状そのものは別にいいんです。こちらの世界のものがデジタルワールドに置いてあるのって、珍しくないことですから。自動販売機とか、道路標識とか、電話ボックスとか……。設置場所が変だったり使えなかったりはしましたが、あくまでも属性が『背景』なので、特に問題はなかったんです」
「『背景』?」
「はい。『デジタルワールド』という『システム』の構成要素として考えると、『デジモン』たちや向こうに行った僕たちは、身体を構成する膨大なデータと動作や思考等の多種多様なプログラムのかたまり―――『キャラクター』です。それに対して、『自動販売機』などは外見データだけ、『背景』でした。……でも、これは」
 光子郎の言葉とともに、画面が切り替わる。
「アクセス状況と内部エネルギーの計測結果です」
 激しく上下するグラフ。外側だけのいわば『書き割り』な存在とは到底思えない。
 
 真剣な眼差しで、太一がそれを見つめていた。
「……カイザーの作ったもの、かな?」
「可能性は大きいですね……実際に見てみないと断言はできませんが」
 そう言いながら、光子郎の手がカバンへ伸びた。
 愛用のノートパソコンを取り出して、ケーブルを接続。
「と、いうことですので……すみませんが僕もちょっと行ってきます。一旦タケルくんが戻ってきてくれるそうなので」
「……光子郎」
 手早くデータをノートへ落としている光子郎へ、何か考えていたヤマトが声をかけた。
「その付近にダークタワーはあるのか?」
「今のところ見つけてはいないそうです。かわりにこれを見つけたんだと、メールには書いてありました」
「なら、ガブモンも進化できるな……」
「ヤマト?」
 モニターとにらめっこしていた太一が、はっとして親友へ視線を移した。
 ぽん、とその肩に手を乗せて、ヤマトが微笑む。
 
「太一。悪いがゲートを頼む。俺も行ってきたい」
「やだ」
 
 即答だった。
 
「ずるいぜヤマト。オレだって行きたい」
 手をはがしながら、負けじと太一も微笑んで。
 
 ……膠着状態になった。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
 数分後。
 
「お待たせ、光子郎さん」
 モニターがフラッシュしたかと思うと、何もなかったところに人影が出現する。
「……何してるの、太一さんとお兄ちゃん」
 戻ってきたタケルが見たのは、何故か笑顔でにらみあっているふたりだった。
 準備を終えていた光子郎がため息をつく。
「どちらがデジタルワールドへ行くかでもめてるんですよ。誰か一人は残らないとまずいですからね」
「……なるほどね」
 タケルもやれやれといった顔になった。それから、
「太一さん! お兄ちゃんも!」
「……タケル?」
 同時に振りかえったふたりに、彼はにっこり笑って告げた。
 
「はやく決めないと置いてくよ?」
 
 実兄と兄貴分であるふたりは、一瞬、固まっていた。
 我に返り、こぶしを構える。
「……じゃんけんだな」
「うらみっこなしだぜ、ヤマト」
「それはこっちの台詞だ」
「せーの……」
 
 
 ―――ガラリ、と扉が開かれたのはそのときだった。
 
「あら、タケルくんは行かなかったの?」
 聞こえてきたのは馴染みのある声。
 先生に見つかったかと硬直していた一同が、ほっと胸をなでおろす。
「太一、ヤマト。……ふたりともどうしたの?」
 不思議そうに聞かれ、ふたりが構えをといた。
 見事なまでにぴったり合った動作で振り返り、入ってきた仲間に微笑む。
 
「空! ナイスタイミング!」
 
「……え? 何? 何の話?」
 扉に手をかけたまま、もう一人のお台場中学生、武之内空は、ただあっけにとられていた。
 
 
 

Act.1 Finished.

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02、カイザーくん全盛期の頃です。
元ネタは自分の見た夢。ですんで、太一さん出張るの必至。
いま、夢ならではのてんこもりな矛盾点直すのに必死です(苦笑)

2001.03.31(改訂2004.04.13)