Act.5 洞窟から見える空は、次第に明るさを失い始めていた。 「もう、夕ご飯には間に合いそうにないですね……」 入り口へと出てきた伊織が、少しだけ沈んだ声でぽつりとつぶやいた。 普段は大人びた言動をみせるとはいえ、メンバーの中では最年少。この状況に、不安を感じないわけはない。 足元のアルマジモンが、心配そうにその様子を見上げていた。 「イオリ……」 「しょーがねーよ。だってこん中、ゲートねえんだもんなあ……」 頭のてっぺんをさすりながら、中央に陣取った大輔が肩をすくめる。 たんこぶの原因は、待ち状態に堪えかねたイライラ―――彼の傍らではパートナーであるブイモンがオロオロしていたのだが、哀れなことに気づいてはもらえなかった―――の果てに発生した、タケルとの口論だった。一度注意されてしょげたのもつかの間、再び同じ相手に騒ぎ始めた彼に、とうとうリーダーの鉄拳が降ったのだ。 2度目は許さない。教育……いや、しつけの基本である。 「何当たり前なこと言ってるの大輔くんてば」 突っ込むタケルも頭を押さえている。喧嘩両成敗の結果だった。自分も痛いかのように涙目になっているパタモンが、小さな手で彼の金髪を撫でている。 ───その後、騒ぎは実兄VS兄貴分の乱闘に発展しそうになっていたのだが、結局ヒカリ&光子郎の一喝でおさまった。 そのとき、二人の矛先がただ一方に集中していたというのは、見物していた京の気のせいではきっと、ない。 それはともかく。 あの変な装置が発動し、さらにダークタワーまで出現した状態。その中での、エネルギーの消費を避けた逃避行―――小学生チームでは一番のキャリアをもつタケルも、かなりストレスがたまってきているのだろう。 続いた彼の声は、どこか刺々しかった。 「だいたいさ、考えてもみなよ。そんなものあったら、こんな大げさな仕掛け、はじめっから意味ないじゃない」 「なんだとてめ……」 「大輔」 含まれた棘に反応して、大輔がまたもや湯沸かしスイッチを入れかける。 いらだった声を上げようとした途端、すかさず飛んだのはリーダーの声。 「いいかげんにしろ」 これで3度目とあって、口調がかなり怖い。 「……すんません……」 今回も大輔の萎みかたは急激だった。 太一は厳しい顔のままそれを一瞥し、もうひとりにも目をやった。 「タケルもだ。こいつ煽るようなこと言うな」 「……うん。ごめんなさい」 おとなしくなった小5男子組を見て、太一は表情を緩めた。少しだけ混じった苦笑の色が、まあしょうがねえよなあ、という彼の本音を覗かせている。 と、太一は再度眉を寄せた。 「……それと、お前もな」 視線を向けたのは、すぐ隣。 色素の薄い瞳から険しい視線が返ってくるのに、はあっと深いため息をつく。 「ヤマト。これ以上オレらがみっともねーとこ見せてる場合じゃないだろ」 「……わかってる……」 ……いーや、その目は絶対、わかってねえ。 内心の突っ込み。ちなみに本日2度目。 思わず数えてしまい、太一はもう一つため息を重ねていた。 彼らが閉じ込められたのは、五キロ半径くらいの空間だった。 8人+8匹が逃避行をするスペースとしては、決して充分とは言えない広さである。もしここが砂漠のような遮蔽物のない場所だったとしたら、間違いなく最初の1時間でアウトだ。 実際は、デジタルワールドの特徴とも言うべき激しい地形変化と、領域内のかなりの面積を占める森のおかげで、彼らが隠れる場所に困ることはなかった。……そのかわり、当然こちらの状況確認も困難なのだが。 まず退避場所を確保した後、子供たちは光子郎の指示のもと、手分けしての確認作業に専念した。 ダークタワーの数と場所。例の物体の様子。分割された空間の境目の状態。 徘徊する、イービルリングに囚われたデジモンたちに見つからないように。 見つかっても、戦闘はとことん回避。できるかぎりデジモンたちのエネルギーを消費しないように。 ―――それは、体力というより忍耐力の勝負だった。 ヒカリの膝の上で丸くなっていたテイルモンが、大きな耳をぴくりと動かした。 「……何か来る」 洞窟の入り口から少し離れた茂みが、かさりと音をたてた。 気づいた太一とヤマトが無言で姿勢を変える。壁の両側にそれぞれ張り付くように。 太一の手での合図にうなずき、伊織が奥へ戻った。 子供たち、そしてパートナーのデジモンたちが油断なく見つめる中。 茂みから慎重に頭を覗かせたのは、赤茶色の羽根を持った鳥型のデジモンだった。 「ホークモン」 その姿を認めた京がほっと息をついた。 さらに用心深く左右に目を走らせたあと、ホークモンは素早く洞窟に走りこんできた。 途端に張り詰めていた空気がゆるむ。 「遅くなって申し訳ありません……ただ今戻りました、京さん」 京を見上げたホークモンの、帰還の挨拶。 幾分疲れた様子ながらも、きっちりとお辞儀をしてみせるのが、この律儀なデジモンらしい。 「ううん、そんなことないって。お帰りホークモン」 にっこり笑った京は、膝をついて自分のパートナーを大事そうに抱きしめた。 一行の参謀役を務める泉光子郎。 彼の愛用するノートパソコンは、3年たった今でも、あの過酷な旅を耐え抜いたパイナップル印のそれだ。 ホークモンに遅れること15分、彼のパートナーであるテントモンが偵察から帰ってきたのは、つい先程のことだった。 ねぎらいの言葉をかけた後、光子郎は早速集まった資料の分析を開始する。 「全部で五本ですね、この閉鎖空間の中にあるダークタワーは」 「……え、たったそんだけっすか?」 「思ったより少ないわね」 キーを叩きながらの光子郎の言葉に、拍子ぬけしたようにつぶやく大輔、首をかしげる京。伊織は静観するつもりなのか、特に反応を見せなかった。 「そうですね。でも、問題は本数ではないんです。これを見てください」 後輩たちの反応に軽くうなずき、光子郎はPCの向きをくるりと変えた。 「……」 「……」 正面にいた彼の先輩たち、すなわち太一とヤマトが顔を見合わせた。どことなく嫌そうな顔をしている。 「なんつーかさ……」 「ああ、いかにも……だな」 光子郎の膝上、持ち主とは反対に向けられたノートパソコンの画面にうつしだされていたのは、二重円の中に描かれた五紡星のコンピュータグラフィックだった。内側の円をきっちりと5等分する位置にそれぞれの先端が接し、そのわずかに外側をもうひとつの円が覆っている。 「へー、キレイに星になってら……」 太一の肩ごしにカラフルなワイヤーフレームで描かれたそれを覗き込んで、大輔が妙に感心したような声を上げた。一本ずつバラバラにしか見ていなかった彼にしてみれば、こんな配置になっていようとは思いもよらなかったのだろう。 「そう表現されると可愛い感じがしますけどね……そんな可愛いものじゃありません」 光子郎は苦笑すると、いったん図をクリアした。 「まず、これが今僕たちが閉じ込められている空間です」 そう言ってひとつめの円を描く。 「これは真上から見た図ですからただの円ですが、実際は半球、ドームになってます。この境目の中側すぐのところにあのタワーは立っていまして……それぞれが、他のタワーに向かってエネルギーを発しています」 説明しながら次々にキーを叩いてゆく。ぽつぽつと円周のすこし中側に点が描かれ、それらが線で結ばれていき……もとの星プラス二重丸の絵になった。 「で、例の装置はここに位置します。外側のこのドームの頂点ですね。つまり、この空間内で唯一、外に接している物体というわけです」 真ん中にぽつんと書かれた黒い点。 それを、身を乗り出した大輔がじっと睨みつけた。それから、ゆっくりと口を開く。 「オレたち今、コイツに閉じ込められてんすよね」 「そうですね」 「で、ブイモンがぶっ壊そうとしたけど駄目で……でも、太一先輩のアグモンが進化すれば壊せるんすよね」 「おそらくは」 「ガブモンだっているぞ」 誰かの突っ込みは、全員に綺麗に無視された。 大輔が五紡星の各頂点を……正確には、それが表示された液晶モニターを指先でつつく。 「そのためには、まず、このダークタワー倒さねえと駄目だってことで」 「ええ、そうなりますね」 確認するような言葉にいちいち応えてやりながら、光子郎はさりげなく大輔の手元から愛機の画面を遠ざけた。 「つーことで」 がばっと音を立てそうな勢いで、大輔は何時の間にか半分押しのけてしまっていた太一を振り向いた。 「ダークタワーぶっ壊すのは任せてください先輩! オレたち得意っすから! なあブイモン!」 「おう! もちろんだダイスケ!」 「そ、そうか」 やたら気合の入った様子の後輩コンビの勢いに押されたような感じで―――というか、物理的に押し倒されかけた状態で―――、太一があいまいにうなずいている。 その後ろでは、 「得意もなにも、あたしたちいつもやってることじゃない。ねえホークモン」 「そ、そうですね京さん……」 「大輔さんに聞こえますよ」 「大丈夫、聞いてない聞いてない」 「京さん……」 昼間も聞いたようなやりとりが交わされていたが、 「あんな棒っきれの2本や3本、どってことないっすよ!」 「そうそう! なんだったらこれから行ってこようか、オレたち?」 今回も本人たちがそれを気にとめることはなかった。 5本なんですけどね、という突っ込みを内心に留め、光子郎は意気盛んな後輩をなだめに回った。 「これから、は止めておきましょう、大輔くん。この世界で夜動くのは危険すぎますし、まだわからない───気になる点もありますから」 「光子郎はんの言う通りでっせ?」 テントモンも加勢した。飛べる彼は、ホークモンと分担して、実際にタワーの側を調べてきている。 「タワーのそばには、操られたデジモンたち、それもでっかい奴らがおりましたさかい、連中の相手しながらタワーを壊すっちゅうのは、けっこう骨が折れると思いますわ」 「だーいじょーぶ! そんなのオレがまとめてぶっとばしてやるさ!」 「そうそう!」 だが、盛り上がったふたりはそれでもお構いなしだった。光子郎と顔を見合わせたテントモンが、困ったように頭をポリポリ掻いた。 「太一さん……」 水を向けられたリーダーも、自分の腹の上で展開する騒ぎにただ苦笑するしかない。 「まあ、元気がありあまってるのはいいことなのかもしれないけどな……」 「よくないですよ」 「……そーなんだけどさ……」 暴走中の気合を急停止させたのは、光の紋章コンビだった。 「その前にエネルギーがつきる」 「ぶっとばすって……彼らは操られているだけなのよ?」 洞窟内に響く、冷静な声と哀しそうな声。 「う」 「あ」 聞いた途端、ブイモンと大輔がかちんと固まった。 次の瞬間、 「どけ」 低い声とともに、大輔は強制排除されていた───陣取っていた太一の上から。 「あいて!」 「ダイスケ!」 勢いよく放り出されて尻餅をついた大輔。わたわたとそれを追いかけるブイモン。 「なにすんだよ!」 「太一」 「……おう、さんきゅ」 睨む視線をまるっきり無視して、ヤマトは寝転がった太一に手を差し伸べている。 ありがたくその手を借りて起き上がり、立ち上がって制服の後ろをぱたぱた叩いた後。 太一は、ヤマトに噛み付きそうな表情を向けている後輩を見やって、苦笑した。 「だーいーすーけ。……ちょっと重かったんだぞ、オレは?」 「あ、はい……すんません太一先輩……」 しゅんとうなだれる大輔。───ギャラリーは、そこに垂れた耳としっぽの幻影を確かに見た。 「ま、やる気は買うとして……」 しょげた子犬状態の後輩の頭を、いささか乱暴にかいぐりかいぐりしてやりながら、太一は一つ歳下の作戦参謀を呼んだ。 「光子郎。どうやる?」 「あ、はい」 リーダーの声に、光子郎は向きを戻したノートパソコンのキーをかたかたと叩いた。 「システム的には、単純といえば単純なんです」 外側のドームが、デジタルワールドとデジモンカイザー曰く『遊び場』とを区切る殻。 そして、内側のドームが、殻を守るバリア。 「ですから、作戦としては、大輔くんがさっき言っていたとおり、まずタワーを破壊してバリアを破ると同時にアグモンの進化を可能にし、次にウォーグレイモンの攻撃であの装置を破壊して空間分割を解除する、という2段構えの構成になるわけです」 「だからメタルガルルモンもいるって」 ヤマトの発言は、今度もきっぱり無視された。 「じゃあ、僕たちはタワー担当だね。ちょうど5人で数も合うよ」 もともとそのために来てるんだしね、とタケルが言う。 「そうなりますね。ただ、テントモンの話にもありましたけど、タワー周辺は警戒が厳しいですから、正面切って相手するのは今の状況では避けたほうがいいかと」 「なら、囮作戦がいいと思いまーす」 はい、と手を挙げたのは京。 「ペガスモンとネフェルティモンに囮になってもらって、その間にあたしたちがタワーに向かうっていうのはどうでしょう先輩?」 「私が?」 「タケルくんたちと?」 「んなっ!? 何言い出すんだよ京!」 テイルモンとヒカリは顔を見合わせただけだが、復活した大輔が抗議の声を上げた。 「なによ、何か問題ある?」 その理由はもうわかりきっているので、京は突き放すように言った。 「なんでヒカリちゃんとタケルが組まなきゃなんないんだよっ」 「なんでって、ホーリーデジモン同士だし、飛べる者同士だし。連携して動くには最適だからに決まってんじゃない」 「そうですね、僕もそれがいいと思います。フレイドラモンは攻撃チームですね、さっき張り切っていたことですし」 「うぐぐ」 パソコン部師弟に理詰めで押され、大輔は唸るしかできない。 「そういうことで、タケルくんたちとヒカリさんたち、お願いしてよろしいですか?」 「わかったよ、光子郎さん」 「おっけー、まかせてー」 「わかりました」 「ああ」 光子郎の言葉に当人たちが揃ってうなずいたので、これで決定事項になった。 「攻撃チームは、ギリギリまで進化せずに隠れて接近してください。伊織くんとアルマジモンもいいですね?」 「はい」 「はいだぎゃー」 「太一さんとアグモンは装置の真下付近で待機、僕とテントモンもその傍で待機します」 「りょーかい」 「わかった〜」 「はいな」 「あたしたちは攻撃ね、頼んだわよホークモン」 「お任せください京さん」 「ダイスケぇ」 「うー、わかってるよブイモン……」 「これで分担は決まりですね。では……」 「……俺達は?」 ぼそりと口を挟んだのはヤマトだった。 「……あ。そうでしたね。ヤマトさんたちも待機ということで」 一瞬止まったあと、光子郎が何事もなかったかのように続けた。 「……忘れてやがったな……」 「タワーを壊すまでは、どっちみちオレたちゃ待機だって」 どろどろした口調でつぶやくヤマトの肩を、まあまあと太一が叩く。 「では、そういうことで。今日はもう動かないほうがいいと思います。ここで一泊して、夜が明けてから行動開始ですね」 年上コンビの様子───というか、友情の紋章の持ち主の怨念───を綺麗さっぱり無視して、光子郎はにっこり笑った。 |
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Act.5 Finished. |
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……えと、さ、さんねん……?(汗) お待たせしました。連載再開です。 待っていてくださった方々、ありがとうございます。 前半部分の初版は、実は一番初めに書いてありました。それが構成の都合でここまで後ろにきて、時間たちまくって手を入れたので大分変わっちゃいましたが。 どうも香神、大輔をいぢるのが楽しくてしょうがないようです。 それとヤマトいぢめ(爆) おかげで太一さん、リーダーというより引率の保母さんです(笑) |
2004.04.14 |