Act.4
 
 
 
「……帰ってこない……」
 
 薄暗さを増していく教室に、ちいさな声が響く。
 一台だけ電源の入ったパソコン。
 ───その前で、空はじっと画面を見つめていた。
 
 
 表示されているゲートの映像は、もう長いこと変化を見せない。
 後輩達と違い、D−3を持たぬ自分には、かたく扉を閉ざしたままだ。
「どうしたっていうのよ……太一……ヤマト……光子郎くん……」
 数時間前。ゲート番を押しつけていった仲間たちの顔が、空の脳裏に浮かぶ。
 
 調べ物をしてくると言っていた。ちょっとだけだと言って、手を合わせて揃って頭を下げてきた。
 本当は、自分もピヨモンに会いたかったのだけれど……三人があまりにもすがるように見るものだから。
 しかたなく承諾してやると、すまなそうに、でも嬉しそうに笑っていた。
 
 ……その笑顔を見送ったときは、こんな不安な気持ちになるなんて、思ってもみなかったのに。
 
 普段なら、とっくに戻ってきていい時間。
 なのに、三人はおろか、後輩達もだれひとり、戻ってこない。
 
 D−ターミナルも、デジヴァイスも。
 あの世界と繋がっているはずのアイテムは、何の反応もしてくれなかった。メールすら、届かずに戻ってきてしまう。
 ……それはまるで、彼らと完全に切り離されてしまったかのようで。
「なんか、三年前を思い出しちゃうな……」
 
 何が起こっているのかわからない不安。先が見えない───いつ家に帰れるのかわからない不安。
 あの旅では、いくつもの不安といつも隣り合わせだった。
 それでも乗り越えてこられたのは、仲間がいたから。
 ……特に、あの三人。
 いつでも先頭を歩いて、皆を引っ張ってくれた太一と、何度も反発しながら、それでもいつも彼と肩を並べていたヤマト。そして断片的な情報をまとめて、道を示してくれた光子郎。
 
 でも今は……三人ともいなくて。
「……」
 薄闇にこぼれる、深い深い、ため息。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
 からりと。
 控えめな音を立てて、教室の扉が開かれた。
 
 うつむいていた空が、はっと顔を上げる。
「空君?」
「丈先輩……」
 見知った相手を見つけて、空の表情が見る間に緩んだ。
 開けたときと同じように静かに扉を閉めて、丈はゆっくりと歩み寄ってきた。
「遅くなってすまなかったね、空君。塾が長引いて……」
 これでも頑張って自転車を飛ばしてきたんだけど。
 そう言って恥ずかしそうに微笑む彼がなんだかとても頼もしく見えて、空はその胸へ飛びつきたいという衝動をかろうじて抑えた。
 
「それで? まだ連絡はないのかい、太一たちから」
「ええ……誰からも……なにも」
 問われて答えた言葉に、一度は薄れていた不安がまた大きくなる。
「そうなんだ……」
 再びうつむいた空の様子を見て、丈の表情もまた曇った。
「太一たちだけならともかく……光子郎も行っているのに連絡なしっていうのは、やっぱりおかしいよね。……なにかあったと、思うしかないか……あ、でも!」
 わかりきっている爆弾にわざわざ触れてしまい、直後に慌てるのは、3年前からの丈の悪い習性である。
 空の表情が何かを堪えるものに変わったのに気づき、丈は慌てて手を振った。
「で、でも空君! た、太一たちが行っているのはダークタワーのないところなんだろう? だったらアグモンもガブモンもワープ進化ができるはずだし、そもそも大輔君たちだっているんだし……うん、大丈夫だよ、きっと。だから……あの、空君」
 あまりの慌てっぷりに、空の口元にかすかに笑みが浮かぶ。
「……光子郎くんは、いいんですか?」
「え? あ? うん、そうだね、光子郎もいるよね、うん」
 コクコク頷く丈に、空は今度ははっきりと微笑みを浮かべた。
「……そうですね、丈先輩。あたしたちが信じてあげなきゃ、駄目ですよね」
「そう、そうだよ空君」
 もうひとつ大きく頷いて、丈もまた微笑んだ。
 
「だから、今は僕たちができることをしようよ」
「ええ」
 
 微笑みを交わし合って。
 そうしてふたりはそっと教室を後にする。
 今自分たちができること……仲間たちの、後輩たちの家へのフォローをするために。
 
 
 ───起動したままのパソコンは、今だ沈黙を守りつづけていた。
 
 
 

Act.4 Finished.

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ちょっと短いですが。現実世界のフォローをば。
 
空さん好きです。意識的に、無意識に、背伸びをする子。無印の頃は特にそうでしたね。でも、たまにはかかとを下ろしてのんびり歩くことも覚えたよね、あの旅で。
丈先輩。太一さんとは違う意味で、頼れるひと。まさしく「先輩」ですね。旅の始まりと終わりではほんと、別人のようでした。
 
あーでも……これであと出てないのはミミちゃんだけかあ……うーん。
[2004.04.13追記]
信じられない期間お待たせしまくってます。(平伏低頭)
連載再開するのに、あまりにも当時と今とでは文体違って新しい部分と並べると違和感あるので、まずは改訂をば。
文体の問題なので、ストーリーは変わってないですが。
 

2001.06.17(改訂2004.04.13)