Act.2 『いつか追いつきたいもの。』
 
 
 
 憧れていた。
 
 
「だいしゅけ〜? どうしたんだ〜?」
「……」
「なあ、だいしゅけってば〜?」
 背負ったディパックから頭を突き出して、チビモンが騒いでいる。
 いつもなら、人目を気にして慌てて押し込もうとしているところだが、今はそれどころではなくて。
「どーなってんだよ、いったい……」
 目の前の三人。
 ヒカリちゃんはまだわかる。
 オレが集合場所についた時、彼女は既に兄の腕を抱えていた。でも、彼女が兄想いであることはよく知っていたから、いつもより近い距離にほんのちょっとびっくりはしたけれど、そんなに不思議には思わなかった。その時点では。
 問題はタケルだ。
 可愛がってもらっていることは知っていた。あいつもなついていることは知っていた。
 だけど。
 
「お兄ちゃんはいいの! 今日は太一さんがぼくたちのお兄ちゃんなんだから!」
 
 ……そこまで、だったっけ?
 
 
 憧れていた。
 ゴーグルをもらったとき、泣きたくなるくらい、嬉しかった。
 
 
 タケルのあんな顔、初めて見たなあ……。
 しまいには頭どころか身体ごと飛び出てこようとするチビモンを抱えながら思う。
 相手に甘えて全てを預けた笑顔。ヤマトさんといるときだって、あんな顔見せたことはなかった。
 オレが知っているタケルといえば、嫌味になるくらい落ち着きはらっているところとか、ヒカリちゃんや先輩たちとわからない話をしているところとか、ひとのやることなすことケチをつけてくるところとか……そんなのばかりだ。
 あいつは、いつでもオレより正しい。
 
 ……オレなんかより、ずうっと、あのひとに近い。
 
 
 憧れていた。
 彼女の兄だからじゃない。
 サッカーが上手いから、それだけじゃない。
 
 あのひとは、いつでもみんなの中心で。
 
 だから、紋章を受け継げたとき、嬉しかった。
 ゴーグルをもらって、これで少しは追いつけるかと思った。
 
 
 ふたりが笑いかける。
 あのひとが微笑みかえす。
 
 その笑顔が……遠い。
 
 
「……だいしゅけ」
 胸元から聞こえた声にふと我に返る。
「チビモン?」
 じたばたするのをやめた青いかたまりが、真っ赤な瞳でこちらを見上げていた。
「なんだ、ハラ減ったのか?」
「オレがまってたのは、だいしゅけだから」
「チビモン……」
「オレがまってたのは、だいしゅけな、だいしゅけなんだから」
 オレである、オレ。
 
 
 ふうっと、肩の力が抜けた。
 
 
「……ありがとな、チビモン」
 ニッと笑ってちいさな頭をがしがし撫でる。
「いたいいたいいたい〜、だいしゅけいたいってば〜」
 抗議の声にかまわず撫で続けていると、いきなり後ろ頭をドツかれた。
「何チビモンいじめてんのよ、アンタ」
「ってーな京、バカになったらどーしてくれんだよ」
「安心なさい、それ以上バカになんかなりようがないから」
「何〜っ!」
 ケンカに発展しそうなやりとりを止めたのは。
 
「だいしゅけ〜オレハラへったよ〜」
 
 やっぱりコイツだった。
 
 
 憧れていた。
 今でも憧れている。
 でも、いつかは。
 いつかは、追いつきたいと思う。
 肩をならべられたらいいなと、そう、思っている……。
 
 
 

Act.2 Finished.

 

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大輔ってこんなにネガティブだったっけ?(汗)
 
要は太一さんは太一さん、大輔は大輔ってこと。受け継いだからってそのものになる必要はないワケで。って……今更か。
いちお、太一さん賛美のはずが、大輔応援にもなっているという……。
大輔にとっては、欠けることのない太陽だよね、太一さんって。この子には丈先輩たちと同じものは見えないでしょう、まだ。彼の冒険が終われば、見えるかもしれないけど。
 
チビモン出張る出張る。香神ってけっこうチビモンお気に入りだったらしい。
京ちゃんも予想外だった。でもここのドツキ漫才好きなんだよう。

2001.2.19