Act.3 『大きいと、思いこんでいたもの。』
 
 
 
 ―――何故気づかなかったんだろう。
 伸ばした腕に感じた重み。
 それは、思っていたより、ずっと……。
 
 
 少し早めに着いた集合場所には、既にその姿があった。
「よお」
 そう言って笑う彼の腕には、妹の手。
「……相変わらず、仲いいな」
「おう。でもお前んトコだってそうだろ?」
 そんな言葉にも、本人は照れる様子すら見せない。かえって妹の方が赤くなったほどだ。
「そうだけど、タケルも成長したしな……」
「はは。えらくデッカくなったもんなあ。たぶん、あの頃のお前より大きいぞ、あいつ」
「多分そうだろうな。……お前なんか、そろそろ危ないんじゃないか?」
「うっせえ、オレだってまだまだ伸びんだよ」
 残りのメンバーが揃うまでの間、たわいもないやりとりが続く。
「そういえば、大輔とタケルのケンカって、見てると昔のオレたち思い出すよな」
「俺にはアイツがタケルに一方的につっかかっているだけに見える」
「……」
 ふと出てきた、弟たちの話題にそう反応したら、ため息が返ってきた。
「なんだそれは」
「……ブラコン」
 ぼそっと言われた言葉に思わずむっとする。
 
 
 神経なんて、無いと思っていた。
 だから、さっさと先に行こうとするんだと、そう思いこんでいた。
 ……気づけなかった。あの瞬間まで、ずっと。
 
 
「……タケルくんたち、遅いね」
 無言の睨み合い状態。
 それに割って入ったのは、彼の妹だった。つぶやいて、からめた腕に身を寄せる。
「そうだな……」
 視線を外した彼は、もたれかかる頭に反対の手を伸ばした。
「んもう、やめてよおにいちゃん」
 くしゃくしゃと妹の髪をかき混ぜる兄と、くすくす笑いながら、されるままになっている妹。
 そんな様子を眺めながら、まだ姿を見せない自分の弟に思いをはせる。
 4年の終わりに急に背が伸びて、声変わりして。それは自分も同じだったけれど。
 あれだけ泣き虫だったのに、泣かなくなった。
 飛びついてくることも、めったにしない。
 かわりに、いつも「元気だよ」と微笑んでいる。
 成長……なんだろう、それは。
 そう思いながらも、それに寂しさを感じる自分は、成長できていないんだろうか。
 
「……でも、たまには甘えてもいいと思うんだけどな、オレは」
 ぽつりと彼が言う。
 ―――見透かされているような言葉に、ぎくりとする。
 少しだけ俯いて妹の頭を撫でる彼の表情は、好き放題跳ねまくった長めの髪に隠れて見えなかった。
 
 
 希望と光の矢を受けるとき。
 手を伸ばしたのは自分。すがりたかったのは自分。
 握り返してきた力の強さに、安心して。……安心だけ、して。
 
 一人になりたいと言ったときも。
 引きとめようとする仲間たちの中、彼だけが止めようとはせずに。
「オレは、間違ってたのかな……」
 己のことだけでいっぱいの自分には、その言葉の意味が、わからなくて。
 
 
 強いと思っていた。
 大きいと思っていた。
 だから、文句ばかり言いつつ、頼っていた。……甘えていた。
 
 でも、本当は。
 
 
 抱き上げた彼の身体は、埃にまみれ、傷だらけで…………軽かった。
 その肩がすっぽりと腕の中におさまってしまうことに、そのときになって驚いた自分。
「やっと来たな……オレは、お前が来るのを本当に待ってたんだぜ……」
 
 全てを背負ってきた背中は、かすかに震えていた――――――
 
 
 急に、彼が顔を上げた。
「あ、来た来た」
 なにもなかったように手を振っている。……この、切り替えの早さ。
「おーい、大輔ーっ! タケルーっ!」
 後輩連中が走ってくる。
 身軽な格好の自分たちに対し、揃いも揃って荷物が大きい。理由を考えると少し複雑な心境になるのだが。
「太一先輩! ヒカリちゃん!」
 馬鹿でかい声が響く。
 先頭を切っていたのは、例によってその声の持ち主……と、思っていたら。
「太一さん!!」
 さらに大きな声を張り上げて、そいつを追い抜く、影。
「太一さーん!」
「え……うわっ!」
「危ない!」
 飛びつかれた彼がバランスを崩す。後ろに倒れそうになるのを、慌てて抱きとめる。
 飛びついたほうは、そんな動きにはまったく構わなかった。
「おはよう、太一さん。おはよう、ヒカリちゃん」
「おはよう、タケルくん」
「おす。ちょっと遅刻だぞ」
「ごめんなさい、出掛けに手間取っちゃって」
 抱きついたままの体勢でそこまで言ってから、こちらを向く。
「おはよう、お兄ちゃん」
「あ……あ。おはよう。……どうしたんだ、タケル?」
 その問いに、弟はにっこり笑っただけで答えなかった。
 斜めになった彼の腕をとって、引き起こす。
 
 空っぽになった、自分の腕。
 寂しいと思ったのは、どちらに対して、だったのだろう。
 
 
 そして……気がついたら、最後尾。
 
 
 全員揃って、とりあえず目的地に向かおうということになって。
 何かぼそぼそ話していたと思ったら、三人はさっさと歩き出していて。
 ……妹はともかく。なんでうちの弟まで向こうにくっついているんだ?
 慌てて追いかけて、声をかけたら。
「お兄ちゃんはいいの!」
 ぐさ。
「そ、ヤマトさんはいいの!」
 ぐささ。
「今日は、太一さんがぼくたちのお兄ちゃんなんだから!!」
 ……とどめ、刺されてしまった気がする。
 
 
 立ち尽くす自分に、あいつがちらっと視線を向けてくるのがわかる。
 
 ―――それだけが、微かな救いだった。
 
 
 

Act.3 Finished.

 

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……ヘタレ(爆)
だって、無印の頃の太一さんのこと書こうとするとねえ……自動的にヤマトってヘタレな部分しか出てこないんだよう。
 
それにしても。ブラコンもあるけど、そこはかとなくヤマ太? って感じになりましたねえ(笑)そっちはまだ意識し始め、って位だけど。

2001.2.26