SCENE:1 ◇ リゼンブール
 
 
 
「エド?」
 
 家の中に戻ってみると、長男の姿が消えていた。
 さっき覗いたときには、確かに居間のソファで昼寝をしていたはずなのに。
 あのひとに似たのだろうか、あっという間に扉の開け閉めや高いところの物を取る術を覚えてしまい、目を離すと何をするかわからない、利口でやんちゃな息子。やっと寝てくれた今のうちにと、洗濯物を干しに出ていたのだけれど。
「どこ行ったのかしら?」
 くしゃくしゃに放り出された毛布を取り上げながら、考える。
 ……ううん、考えるまでもないわね。
「あの子ったら……またアルのところね」
 畳んだ毛布を片手に居間を出て、2階へ。
 書斎の前を通り過ぎる。厚い木の板の向こうからは、物音一つ響いてこない。……あのひとは、今日も閉じこもりっきり。
 半開きになった寝室のドア。きゃらきゃらと、元気な笑い声が聞こえる。
 …予想的中。
 そっと覗いた、部屋の中では。
 
 
「ほーら、アル! たかいたかーい!」
 
 弟を抱き上げて『高い高い』をするのは長男。探していたやんちゃ坊主。
 家族が増えてからというもの、いつも弟の世話を見たがって大変なお兄ちゃん。とはいっても、本人もまだまだ自分の面倒も覚束無い年頃、危なっかしくて仕方ないのだけれど。
 今も、声の勢いとは裏腹に、ひとつ下の弟を掲げる腕はふらふらと安定しなくて、見ていてハラハラさせらせる。
 
「かーい! かーい!」
 
 そして、大はしゃぎで手足をばたつかせている次男。
 あのひとよりもわたしよりも、お兄ちゃんに構われるのが一番のお気に入り。何度落とされても、勢いあまってどこかにぶつけられても、やっぱりお兄ちゃんの手がいいらしい。
 今だって、ベビーベッドと変わらない高さの空中を振り回されながら、ご機嫌そのもの。
 
「にー! かーい!」
「あははは、たかいかー、アルー?」
「かーい! きゃははは!」
 
 笑い声が響く。
 レースのカーテン越しに差し込む午後の陽射しの中。
 真夏のお日様色の髪と、収穫間近の麦の穂色の髪がゆれている。
 
 
 エドワード。アルフォンス。
 他にはなんにもないけど。あのひとは、いつか旅立ってしまうのだろう、けれど。

「エド、アル」
「あ、おかあさん!」
「かー!」
 
 
 ……この笑顔が、あれば。
 
 
 

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「たかいたかい」のとこで「…高いか?」と突っ込んだのは私です。
 

2004.01.31