SCENE:2 ◇ ダブリス
 
 
 
 外がなんだかやかましい。
「あんた、ちょっとコレお願いしていい?」
「おう」
 急に昼食の洗い物をしていたスポンジを押し付けても、何も聞かずに受け取ってくれる。うん、いつ見てもいい男だね、あんた。
「……ほどほどにな」
「あいつら次第ね」
 エプロンを外しながら、勝手口のドアを開ける。
 その途端。
 
「なんだよ、アルのバカー!」
「兄さんこそバカバカー!」
 
 ───とりあえず、ふたりまとめてシメた。
 
 
「で、原因は?」
 救急箱からばんそうこうを取り出しつつ、一応聞いてみる。
「……」
 口をへの字に曲げて黙り込む、馬鹿弟子その一。
「…………ごめんなさい」
 隣を横目で見ながら縮こまる、馬鹿弟子その二。……やれやれ。
 あたりをぐるっと見渡す。
 井戸のあたりに転がる、泥まみれのタオルが2本。それと桶。地面がびちゃびちゃ。
 そういえば、兄貴のほうの髪も濡れている。
「水遊びにはちょっと早いんだけどね」
「……」
「あ、違うんです。僕がうっかり桶ひっくり返しちゃって……」
「それでエドが怒ったって?」
「……別に、それは怒ってない、です」
 ぼそぼそ、と口を開く馬鹿弟子その一。ん、よし、敬語を忘れてないな。
 うつむいた、弟より少し長い金髪頭。どんな癖がついているんだか、いつもふわふわ風になびいていた前髪の一房も、今はぺたりと力なく地面を向いて。
 そのせいか、いつもよりちびっこく見える。
 ……ふむ、それは怒ってない、か。
「イズミ」
 いつの間にか、シグがタオルを持ってきてくれていた。ああもう、ほんといい男だよ、あんた。
「ほら、いくらあんたたちの故郷より暖かいからったって、この季節にそんな格好でいたら風邪をひくに決まってる」
「……」
 水分をたっぷり含んだだんまり小僧の頭に、ばさりとかけてがしがしやる。
「しかしなんだ、その頭だといつもよりかわいらしく見える気がするね」
「!」
「だ……」
 誰がちっさくてかわいいか。叫ぼうとしたのはおおかたそんなことだろう。
 叫びかけて、慌てて言葉をのみ込む馬鹿弟子その一。『やばい』と顔に書いた状態で兄貴と師匠を見比べる馬鹿弟子その二。
 わかりやすいといえば、わかりやすいこと。
「……学習しないねえ、あんたたち」
 弟に似たようなこと言われてキレた兄貴。で、キレられた弟もそのうちキレた、と。
 ったく。思わずため息。
「……」
「……」
 馬鹿弟子兄弟が、顔を見合わせて縮こまった。
 
 ……さあて、どうしてくれよう。
 
 
 結局、午後の特訓メニューをスペシャルにするだけで勘弁してやった。
 ふらつく後ろ姿を二つ見送る。
 まだまだ未熟とはいえ、半年前よりはずいぶんとしっかりしてきた、後ろ姿。
「そろそろ、考えないといけない頃かね」
 卒業を。
 放置されていた泥んこタオル───メニュー追加してやるべきだな、これは───を拾い上げながらつぶやくと、シグが心配そうな視線を向けてきた。
「……いいのか?」
「いいも何も、弟子入りってことで預かってるんだからね。勉強が終わったら帰すのが理でしょうが」
 親はなくても、待ってる人たちがいるんだし。
「それはそうだが……」
 あんたが何を気にしているのか、わからないわけじゃないけど。
 
 ……確かに、楽しかったよ、この半年。同じくらい、大変だったけどね。
 夢を、見させてもらった。あの子が生きていたら、きっとこんな日々が……そんな夢を。
 
 でも、夢は、夢。
 それに。
 
「卒業させたって、馬鹿弟子は一生馬鹿弟子よ。とんでもない馬鹿やって破門にでもしない限りはね。……そういうのも、悪くはないでしょ?」
「……そうか。なら、いい」
「ん」
 
 
 そう。悪くは、ない。
 
 
 

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師匠夫婦大好きです。
 
まあ、こんな感じで原作をなぞっているような、そうでないような感じで短いシーンを書き連ねてみようかと。
「この彩」設定も混じるかも。
 

2004.01.31