SCENE:3 ◇ イーストシティ
 
 
 
「誰が視界に入んねえほどのドチビかーーーーっ!!」
 
 その声を聞いたのは、逃亡中の上司を捜索している時だった。
 
 東方司令部、第三休憩室。と名はついていても、簡単な給湯設備とテーブルセット、司令室や応接室から下げ渡された古ぼけた不揃いのソファがいくつか並んだだけの、しかし一息入れるのには十分なスペース。
 ……今は、見る影もないが。
 ざっと被害状況を確認する。床板および天井、壁面に重度の損傷。備品一式が粉砕。いずれも通常の方法による修復は困難か。
「あーあー、落ち着けよ大将ぉ? そこまで言ってないだろーが」
 ジャン・ハボック少尉を現場にて確認。
「俺ぁ『お前らって体と態度のサイズが正反対だよなあ』って言っただけだぜ。……で、大将は態度マキシマム」
「言ってるも同然だろーがっ!!」
 口論───というより片方が一方的にまくし立てているだけだが───が再開したところで、壁際に立っていた鋼色の巨体がこちらに振り返った。
「あ、ホークアイ中尉こんにちは」
「こんにちは、アルフォンス君」
「ごめんなさい、またお騒がせして」
 いまだ興奮中の、残骸の上で仁王立ちする兄をちらりと見ながら、鎧姿の弟はぺこりと頭を下げる。
「ほら兄さんも! そんなとこいつまでも登ってないで、ちゃんと直さないと駄目だよ」
「アルは黙ってろ! 今オレは重大な問題をだなー!」
「はいはい。とにかく皆さんのご迷惑になっちゃうといけないから」
「だからお前はさらりと流すなー!」
 
 ───それが、数年前から見慣れていた光景だった。
 
 
 
 ばさり。
 
 不意に聞こえたその音に、振り返る。どんなことでも確認は怠らないのが軍人の常だ。
 例えそれが、久しぶりの非番に買い出しに出た、街のマーケットの中であったとしても。
 
 原因はすぐにわかった。
 通路の壁にかけた網にとりつけたフックに、いくつかまとめてぶら下げられた商品。
 それがひとつ、落ちていた。通りすがりの誰かに引っ掛けられたのか。
 とりあえず戻しておこうかと、数歩そちらへ歩きかけたところで、そのふたりに気づいた。
 
「落としたよ」
 転がっていたビニール入りの小物を拾い上げたのは、知らない者が見たら驚くだろう、鎧姿。
 もしこれが機械鎧ショップや銃器店であったなら別に違和感もないだろうが、ここは日用雑貨を売るマーケット、ごつごつしたシルエットのそれが合うとは言い難い。
「ねえ、聞いてる?」
 尚も言うその視線の先───兜越しの視線の方向は分かりにくいが、その推測はまず間違いない───には、赤のコートをまとった小柄な少年。多く見積もっても十代前半の外見は、そうと知らなければ、菓子か惣菜の売り場で親におねだりをしていてもおかしくない。
「あー悪い。戻しといて」
 返ってきたのは、そんな言葉だった。少し離れたところの棚の前に立ち止まり、何かの品物を矯めつ眇めつしている。戻ってきそうな様子はない。
「……もう」
 ため息をついた鎧の大きな手が、フックにそっと小物をひっかける。
 
 見慣れた光景と、よく似たやりとり。
 けれど。
 
「しょうがないなあ、兄さんは。いっつもそうなんだから」
 苦笑交じりのその声は、姿からの印象通りの落ち着いた口調で、けれど───高く甘く響く、紛れもない、『弟』のもので。
 
「ごめんな、アル?」
 もう一人が彼を呼ぶ。相手が機嫌を損ねている可能性なんて欠片も考えていない、信じきった口調。けれど、もうひとりよりも僅かに低い『兄』の声は、穏やかに柔らかに響いて。
 
 
「行こうぜ、アル」
「うん、兄さん」
 
 そして、ふたりは去っていった。
 小さな背中と大きな背中。肩を並べて。歩みを揃えて。
 
 
 結局声を掛けずじまいだった。
 だが、不思議に満足した気持ちを抱えて、踵を返す。
 多分それは、その姿が今まで司令部で見かけていた彼らとは違っていたからだ。
 
 いつ見ても元気で、笑って怒って。兄はからかいには過剰反応して、弟はそれをなだめて。
 そうやって、常に気を張っている。

 命を費やし、魂を削って走り続ける、こどもたち。
 
 ───願わくば。
 こんな穏やかな光景が、彼らの日常であればいい。
 
 ふと、そんなことを考えた。
 
 
 

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後半は100円ショップで見かけた親子を元に。
 
ちなみにエド=お母さん、アル=子供、でした。
ほのぼのしつつ「アルエドネタになりそう……」とか考えてるあたり、駄目人間確定(爆)。
 

2004.03.14