『マグナムエースに花束を』
 
 
 
ACT.1 『記念日にはプレゼントを持って』
 
 
 
「マグナムエース」
 振り返った彼の視界に、明るい笑顔。
「オーナー」
 ルリー銀城という名を持つ彼の雇い主である少女は、いつも通りの赤いつなぎ姿だった。
 後ろ手に、何かを持っている。
「どうしましたか?」
「うん、あのね……」
 気づかないふりをして尋ねてみれば、わずかにもじもじする様子を見せた後、それを勢い良く差し出してきた。
「はい、これ」
「え?」
 彼女の小さな手にはあまるサイズの、立方体の箱。綺麗にラッピングされて、リボンまでかけられている。
「オーナー、これは……?」
「うふふ。さて、今日は何の日だったでしょお?」
 予想外のものに、予想外の問い。
 マグナムの大きな目が、ぱちりとひとつまばたいた。
 今日、何かあっただろうか。慌ててAIにおさめたスケジュールを検索するが、特に予定は入っていない。
「……?」
「んもう。忘れちゃったの?」
 ルリーは仕方がないわねえ、と言いたげなため息をついた。
 それから、柔らかな声で答えを告げる。
 
「今日は、あなたがうちに……シルバーキャッスルに来た日、よ」
 
 
 ―――2年前の、今日。
 自分がここに来た日。
 普通のやりかたではなかった。
 公式の試合中のベンチに押しかけて、入団させろと言い張る。今にして思えば、強引どころか、無謀としか言えないやり方。
 それだけ、あの頃の自分には余裕がなかったのだ。
 ……それでも受け入れてくれたのが、エドモンド監督。
 そして、今よりももっとずっと小さかった、この少女だった。
 
 
 そのデータは、圧縮して回路の奥に追いやったメモリーの中にあった。
「思いだした?」
 ルリーがじっと彼の瞳を覗き込んでくる。
「……はい。そうでしたね」
「でしょ。だから、プレゼント、よ。おめでとう、マグナムエース」
 うなずいたマグナムに、改めて押しつけられた可愛らしい包み。
 礼を言いつつ、それを受け取ったマグナムではあったが。
 正直なところ、かなり困惑していたりした。
 
 ……何が『おめでとう』なのか、よくわからない。
 
「どうしたの、変な顔して。……あ、もしかして、気に入らなかった?」
 よっぽど妙な顔をしてしまっていたのだろう。
 悲しそうな表情でルリーが言うのを聞いて、マグナムは慌てた。
 この少女を泣かせたりしたら、すぐさますっ飛んでくる筈のブラウンの影がAIのすみをかすめる。
 ……いや、何より。自分自身がたまらない。
「い、いえ。そんなことありません、オーナー。とても気に入りました」
「あら、開けてないのに、わかるの?」
 あせって返した言葉に、そんな反応が返ってきて、マグナムは思わず固まってしまった。
 さっきの泣きそうな顔は何処へやら。ルリーはくすくす笑っている。
「オーナー」
「……ふふ。ごめんね、マグナム。でも、あなたでも、そんな顔することあるんだあ」
 なんかすごく貴重なものを見ちゃった気がするわ。そう言って笑うルリーに、マグナムはただただ苦笑するしかなかった。
 
 
 彼女の笑いがおさまるのを待って。
「ところで、オーナー。何故、俺にこれを?」
 マグナムが口にしたのは、あの疑問。
 一瞬だけきょとんとした後。ルリーはさっきまでとは違う、ふわりとした笑みを浮かべた。
「言ったでしょ。今日はあなたが来てくれた記念日よ。だから、お祝いしたいの」
「オーナー……?」
「あたしもおじさんも、チームのみんなも、あなたが来てくれて、とっても嬉しかった。ほんとに、嬉しかったの」
 見つめるマグナムの視界の中で、ルリーの笑顔が深みを増した。
「それからいろんなことがあったけど、今日まであなたと一緒に頑張ってこれて、良かったって思う。そしてこれからも、ずっと頑張れたらって。だから、始まりのあの日は、あたしにとっては大切な、想い出の日。それをあなたに伝えたかったの。……あなたにとっても、いい想い出であってくれると、もっと嬉しいんだけど」
 
 
 マグナムエースは、綴られていく言葉たちを無言で聞いていた。
 彼女の言葉と、笑顔。
 彼のこころにじんわりと染み込んでいく、それら。
 包みに視線を落とす。
 彼女のように、過去を優しく振り返ることなど、今までの自分にはなかった。
 前に進むのが精いっぱいで。
 ……振り向いた、ところで。痛みを伴うことが多すぎて。
 
 でも……でも。これからは、きっと……。
 
 
「……マグナム?」
 黙り込んだままの彼の様子をどうとったのか。
 少女の金色の髪が不安気に揺れている。
 
 紅の装甲に覆われた頭が、微かな音を立てて上がった。
 その下の緑のアイレンズが、目の前の同じ色彩を持った瞳へと向けられ、焦点を結ぶ。
 そして。
 
 マグナムエースはゆっくりと……微笑んだ。
 
 
 

Act.1 Finished.

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