Act.2
 
 
 
 子供たちの目の前に、黒い物体がどーんと鎮座している。
 それを見た太一の第一声。
 
「うっわ。なんかホントに『変なもの』って感じだなー、コレ」
 
 お供よろしく彼のななめ後ろに張りついた大輔が、嬉しそうにコクコクうなずいた。
「でしょうでしょう? 太一先輩もそう思いますよね?」
「ああ」
 後輩に相槌を打ってやりながら、太一はその周りをゆっくりと歩く。彼のデジタルワールド来訪を聞いてすっ飛んで来たパートナーのアグモンも一緒だ。
 
 ───その『プラネタリウムもどき』は、確かに変だった。
 いや、実物を見た今となっては、そう呼ぶのは適当ではないだろう。
 あいた穴から見える、球体の中身。そこに、レンズだとかライトだとかフィルムだとか、映写に必要そうなものは入っていない。
 かわりに、ぎっしり詰まっているものは。
 
「……コンピュータ、なのか? これは」
 しげしげと穴の中を覗きこんで、太一は首をひねった。
 詰まっているのは電子回路。以前、彼が自宅のパソコンを光子郎に見てもらったときに、開けたケースの中に詰まっていたものとよく似ている。ただし、こちらは基盤も何もかも黒一色というのが不気味なのだが。
 まだ作動はしていないらしく、そろっと触れた指先には、振動も放熱も感じられなかった。
「光子郎、どうだ?」
 人差し指でチップをつついている太一に、
「まだわかりませんよ……調べ始めたばかりですからね」
 返されたのは苦笑まじりの声。
 少し離れた位置から『もどき』の全体を眺めながら、光子郎は持ち込んだノートパソコンを広げている。
「そりゃそうだな」
 あっさり納得して指を引っ込めた太一は、アグモンを促してまた歩き出した。
 その後を、ぴったりと大輔がついていき、さらにその後ろに、所在なさげなブイモンが続く。
 光子郎の作業を見学中の京が噴き出した。
「なんか、犬みたいよねー、アレ」
「京さん……」
 彼女のパートナー、ホークモンがひきつり笑いを浮かべている。
 対照的に、見学者その二の伊織は真面目な表情のまま、
「大輔さん、聞いたら怒りますよ」
「大丈夫だって。聞こえてない聞こえてない」
「京さん……」
 
 
 見られている本人はというと、
「とにかく滅茶苦茶アヤシイっすよね、こんなとこにこんなのがあるなんて」
 ……ギャラリーの声はやはり聞こえていないようである。
 身振り手振りつきで、自分の感じた印象を説明しようと懸命な大輔。
 前を歩く太一は軽くうなずくだけで、何も言わない。
「だからって即壊そうってのもどうかと思うよ、僕は」
 かわりというわけではないだろうが、そこに冷静な突っ込みを入れたのはタケルだった。
 いつものように頭の上にパタモンを乗せた彼は、『もどき』からやや離れた位置に、兄と並んで立っている。
「なんだよ、壊したら駄目だって言うのか?」
「それがわからないから、光子郎さんに調べてもらうことにしたんでしょ」
 ───後輩たちのやりとりを聞きながら、太一はヤマトの隣に並んだ。そのさらに隣では、アグモンと、彼のパートナーであるガブモンが仲良く何かを話している。
 ヤマトは、両の腕を組み少し斜めに構えた姿勢で物体を眺めていた。
「どう思う?」
「さあな」
「……お前、そればっかかよ」
 極端に短い返事を聞いて、太一の眉がぴくりと寄る。
 その表情を横目で見て、ヤマトは数秒考えた後、少しだけ言葉を足した。
「光子郎の結果待ちだろ、今は」
「そうだけどさ……何か、ヤな感じだ、これ」
 つぶやく太一の口調には、わずかに苦いものが混じっていて。
 気づいたヤマトが姿勢を変える。
「太一?」
「なんつーか、あの黒いもん詰まってるのってさ……『歯車』思い出さねえ?」
 
 ―――三年前。デーモンの手によりファイル島の中いっぱいに詰め込まれていたそれは、闇の結晶。
 
「……そうだな」
 腕組みを解いたヤマトは、太一の頭にぽんと手を乗せた。
「ガキ扱いすんな」
 むっと顔をしかめながら、太一がその手を払いのける。
「ちょうどいい高さなんだよ」
 にやりと笑ったヤマトの手がまた伸びた。ふわふわ跳ねた茶色の髪をかき混ぜる。
「……喧嘩売ってんのかヤマト」
「可愛いって言ってるんだよ」
「……それを喧嘩売ってるって言うんだっての。……ったく」
 伸ばされた手を見上げて、ため息ひとつ。
 それから、不器用な友情の手はそのままにして、太一は物体から一番離れた位置に居る少女に視線を向けた。
 こちらに来て顔を合わせたときこそ笑顔を見せたものの、それからずっと黙り込んでいる妹を、心配そうな眼差しで見る。
「ヒカリ、どうしたんだ?」
「……」
 少しうつむき加減に立つヒカリは、パートナーのテイルモンをぎゅっと抱きしめていた。―――むしろ、彼女の方が抱きついているようにも見える。
「ヒカリ?」
 
「……これ、なんだか怖い……」
 
 
 つぶやいた声は小さかった。
 けれど、全員の耳に、それはやけに大きく響いて。
 ―――しつこく騒いでいた大輔とタケルが口を閉じた。
 解析担当がキーボードを叩く乾いた音も止んで、あたりを静寂が支配する。
「……光子郎」
 視線を動かさぬまま、太一がその名を呼んだ。
「……どうやら、空間に干渉する装置のようです。詳しいことはまだ分析中ですが……」
 呼ばれたほうは、たくさんのデータが表示されたパソコンの画面に視線を戻す。
「構成しているプログラムのパターンが、イービルリングによく似ています……やはり、デジモンカイザーの作ったものでしょうね、これは」
「うげ」
 大輔が慌てて距離をとった。触っちゃったよオレ、とかなんとかぼやきながら、しきりに右手を振っている。
「干渉……って、どう干渉するんですか、泉先輩」
 光子郎の手元を覗きこむ京が、興味しんしんといった感じで聞いた。
「おそらくは、空間分割、ですね」
 まだ分析中とは言いながらも、光子郎の口調はかなり明確だった。
「空間、分割?」
「イービルリングがデジモンからその意志を切り離すように、これはデジタルワールドから周囲の空間を切り離す装置なんです。……多分」
 最後だけ、ちょっと濁ったが。
「はー、そーなんすか……」
 あんまり分かってないような口調で、大輔。
 こきききっと首を傾ける動きが、途中でぴたっと止まる。
 
「って!! それってそれってすげえヤバいじゃないっすか! やっぱさっさと壊さねえと……太一先輩!!」
 
「落ち着け大輔。……光子郎?」
 急にバタバタし始めた後輩をたしなめた太一は、難しい表情になった光子郎を見やった。
「なんか問題あるのか?」
「……」
 光子郎は数秒考えた後、後輩たちをぐるっと見渡した。
 ―――正確には、そのパートナーのデジモンたちを。
 
 
 やがて、視線が止まる。そのさきでは、
「……な、なに? オレなんかしたか?」
 じっと見つめられ、ブイモンがわたわたと慌てていた。
「ブイモン、アーマー進化して攻撃してみてもらえますか?」
「え、いいのか?」
 言われたブイモンの声に、嬉しそうな響きが加わる。どうやら彼も、パートナーと同じくその物体が気に入らなかったらしい。
 苦笑しつつ、光子郎はうなずいてみせた。
「ええ、お願いします」
「わかった。―――ダイスケ!」
「よっしゃあ! 見ててください太一先輩、ヒカリちゃん! いくぜブイモン!!」
 憧れの兄妹にいいとこを見せられると、俄然張りきりまくった大輔が叫ぶ。
 
「デジメンタルアップ!!」
 炎をまとって現れたのは、燃え盛る勇気。
 
「ファイアロケット!!」
 
 ―――あたりに盛大な爆発音が響いた。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
 上がった土煙がおさまるまでに、しばらくかかった。
 
「……ええ!?」
「うっそ、マジかよ!?」
 土煙の真っ只中からは、勇気のデジメンタルコンビがあげた声が響いてくる。
「どうしたのかしら?」
「さあ」
 下がって見守っていた面々が顔を見合わせるうちに、ようやく視界がクリアになってきた。
 
 現れたのは───埃をかぶって若干色を変えたものの、形はそのままの物体。
 
「……傷、ついてませんね……」
 おそるおそる近寄っていった伊織が、ぽつりとつぶやいた。
 ───アーマー体の中でも、フレイドラモンの攻撃力は1、2を誇る。
 しかし、その物体には、かすり傷ひとつついていなかった。
「……そういうことか」
 考え込むような表情になった太一が言う。驚いた様子はない。
「はい、そういうことです」
 光子郎の口調にも、驚いた様子は微塵もなかった。
「今見たとおり、見た目の割に強度が普通じゃないのが問題なんですよ」
「泉先輩……」
「光子郎さん……オレたちって……」
 隣で聞いていた京の表情は、さすがにちょっぴりひきつっている。
 実験台にされたコンビの方はというと、ちょっぴりどころではなく思いっきり肩を落としていた。無理もない。
 それから、
 
「……だああああ!! フレイドラモン! こーなったら根性あるのみだー!!」
「だから落ち着けっての」
 
 がし。
 やけになって吼えた後輩の首ねっこを、背後に移動していた太一が掴んだ。
「だって、せんぱーい……」
 途端にしゅんとしたその頭を、ぽんと叩いてやってから。
「光子郎」
 振り返った太一の顔を見て、光子郎は一瞬考え、うなずいた。
「……そうですね、ダークタワーもないことですし。究極体のパワーなら、おそらくは」
 
「おっけ。───アグモン」
「タイチィ」
 呼んだときには、パートナーはもう彼の隣にやってきていた。
「頼む、アグモン」
「わかった〜、タイチ」
 交わす言葉は最小限。それで、通じた。
 
 太一の手にしたデジヴァイスが、まばゆい光を放つ。
 圧力すら感じる輝きは、パートナーの元へとまっすぐ飛び、
『アグモン、ワープ進化!』
 デジタライズされた声を響かせ、アグモンの全身がすさまじいエネルギーに包まれる。
 
 オレンジ色の小さな恐竜のような姿が、変化してゆく。
 巨大な盾を背に、鋭い爪を両腕に装備した、たくましい竜戦士へと―――。
 
 
「……!?」
 ―――低い振動音があたりに響いたのはそのときだった。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
「きゃっ!」
「痛っ!」
 ばちりと、あたりの空気が激しく帯電して、子供たちが思わず悲鳴を上げる。
 
「ってー……ん?」
 仲間同様、抜けかけたコンセントに触れたようなショックの後、
 
「…………え?」
 
 ───なにか別の感覚を覚えて、太一は目をしばたたかせた。
 初めて感じたそれは、彼の身体を一瞬で駆け巡ったあと、すぐに消える。
「……何だ……今の……」
「タイチィ……」
 つぶやく太一の耳に続いて飛びこんできたのは、途方にくれた感じの間延びした声だった。慌てて姿を探すと、
「……アグモン?」
 そこには、成長期のままのパートナーの姿。
 
「……おにいちゃん、あれ!!」
 飛んだヒカリの声に、太一ははっと顔を上げる。
 
 反射的に振り向いた、視線の先では。
 
 
 ───黒の物体が、ゆっくりと浮かびあがっていた。
 
 
 

Act.2 Finished.

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なんかもったいぶってますねえ(苦笑)
アレの機能、プロット時の表現は「DividingField」……ガオガイガーかい(笑)
……ってことで横文字やめました(^^;;
 
書いてて楽しかったです。特に大輔(笑)
約2名、ほっとくと世界作りそうな方たちが……慌てて止めました(自爆)

2001.4.15(改訂2004.04.13)