Act.3
 
 
 
「動いた……」
 腹に響く振動音を周囲に振り撒きながら。
 その物体───『プラネタリウムもどき』は、子供たちの頭上高くへと位置を変えていた。
 黒の表面を照らして、穴の部分から稲妻が走る。ジグザグの光は、物体を頂点としたドームを描いて遠くの地へと落ちていた。
 
 
「光子郎、どうなってる?」
 件の物体へと鋭い視線を向けながら、太一が声を投げる。その隣では、アグモンも表情を切り替えて身構えていた。
 呼ばれた頭脳担当の少年は、ノートパソコンに内蔵されたセンサーですばやく周辺のスキャニングを行うと、ひとつうなずいてみせた。
「……やはり、空間分割ですね。このあたり一帯……そうですね、だいたい五キロ半径くらいの空間が、切り離されています」
「閉じ込められた、ってことか?」
「……多分……」
 割り込んだヤマトの言葉にはあいまいに答えながら、さらにキーを叩き続ける。
 その眉が、不意にひそめられた。
「……え? このレベルまで影響してる? ということは……」
 独り言のようにつぶやいて、光子郎は勢い良く顔をあげた。
 まず彼が見たのはアグモン。
 それから、さっき実験台を頼んだ青いデジモンの姿を探して。
 
 
「あんなのが飛ぶかよ、ふつー……」
「ダイスケ、ダイスケってば」
 
 上着のすそを引っ張られて、大輔はぽかんと開けっぱなしだった口を慌てて閉じた。
 振りかえると―――引っ張る手は、予想よりもかなり低い位置にあった。
「……あれ? ブイモン、お前いつ戻ったんだ?」
 アーマー進化していたはずの彼のパートナーは、普段デジタルワールドでとっている姿、成長期であるブイモンへと姿を戻していた。
「さっきだよ。なんかしびれた後、すぐ」
 困った顔をしながら、ブイモンが自分の身体のあちこちを触っている。
 
 ───ショック自体は、ダメージと呼べるほどのものではなかった。ちょっと驚いたくらいだ。
 なのに、その直後。
 エネルギーを使い切ったわけでもなければ、そうしようと思ったわけでもないのに、纏った鎧は消え、伸びた手足も元の幼いそれに勝手に戻ってしまった。
 
「どうしよう、ダイスケ」
「どうしようったって……」
 勇気のデジメンタルコンビは、良く似た仕草で首をかしげた。
 
 
「やっぱり、リセットされてる……」
 ブイモンの姿を確認した光子郎は、これで納得したというように頷いた。
「リセット?」
 聞いたことのある単語に注意を引かれて、太一の視線が物体から光子郎へと向く。
「ええ。アグモンもブイモンも、成長期に戻ったのはプログラムをリセットしたからなんです」
「……停電にでもなったのか?」
 きょとんとした顔で太一が聞き返す。……彼の場合、『リセット』といえばゲーム用語だ。
「バーカ」
「いえ。その表現が近いですね」
 呆れ顔で突っ込んだヤマトをちらりと見て、光子郎は説明を続けた。
「ここに存在する生き物……『キャラクター』は、データとプログラムの固まりだって話、しましたよね?」
「ああ」
「データもプログラムもつきつめれば電子の集まり、存在するにはエネルギーを消費します。それは食事等でもある程度供給されますが、主となる供給源はおおもとのシステム───つまりデジタルワールドそのものなんです。……とはいっても、ここから出て現実世界で存在できるということからみて、ある程度なら蓄積もできるようなんですが」
「へえ……」
「その、エネルギー供給と消費とのバランスが取れる姿───それが、彼らの普段の姿になります。成長のどの段階になるのかは、個々の経験や置かれている環境などに左右されているみたいですね」
「ってことは……前にテイルモンが『気合い』だって言ってたの、けっこーマジだってワケか……」
 仲間内で唯一成熟期の姿を保つ、妹のパートナーの言葉を思い出して、太一がつぶやいた。
「その通りです。そして、一時的にそのバランスをより高い段階に保とうとするのが、僕らが見ている『進化』というわけですね。───で、彼らの進化がキャンセルされた、もしくは解けた理由に戻るんですが、あの機械が起動した瞬間、アグモンはまだ進化中、ブイモンも『アーマー進化』という通常とは異なる進化と、どちらもバランスとしては不安定でした。そして、その状態で、エネルギー供給を阻害されてしまった……」
「つまり、電源落ちて再起動したから、初期値に戻っちゃったってわけですね?」
 すばやく口をはさんだのは、興味深げな表情で説明を聞いていた京。
 さらに、伊織がぼそりと一言。
「それ、なんだかミもフタもない表現です」
「……まあ、そんなところですね」
 彼女の言葉よりもむしろ、伊織のコメントに光子郎は苦笑する。
「とにかくあの装置、そんなレベルまでこの一帯をデジタルワールドから切り離してしまっています」
 説明を聞き終えて、太一は考えこんだ。
 
 時間にすればほんの少しだけ。昔も今も、彼の判断は迅速だ。
 
「……なら、進化できないってわけじゃないんだな?」
 そう言う太一の目は、再びあの物体へと向けられていた。
「ええ、おそらくは。ただ、問題はエネルギーですね。今の彼らは体内に蓄積したエネルギーを消費している状態ですから」
「バッテリー稼動」
「京さん、駄目ですって」
 再び茶々を入れる京を、彼女のパートナーが慌てて止める。
 それを気にした様子もなく、太一は上空を見つめる目をわずかに細めた。
「でも、そういうことなら、さっきの大輔じゃないけど、早いとこなんとかしないと……だろ?」
 
 
「子供の遊び場を壊すのはやめてもらえないかな、中学生のお兄さん」
 
 ―――新たに加わった声には、明らかに嘲笑が混じっていた。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
 いっせいに振り向いた、その先には。
 闇色のマントをなびかせ、ゴーグルの奥に瞳を隠した少年の姿。どういう原理でのことなのか、地面は高く組んだ足のはるか下だ。
 
「ああっ! てめえっ! デジモンカイザー!!」
 真っ先に声を張り上げたのは、やはりというべきか……大輔だった。
「気安く呼ばないで欲しいね、本宮大輔」
「そっちこそ気安く呼ぶな、この野郎っ!!」
「もう爆発しているのか……あいかわらず単純な奴だな、キミは」
「うがーっ、てめえなんかにんなコト言われたくねえっ!!」
 
「……大輔くん、そーいうこと言ってる場合じゃないと思うよ」
 ヒートアップしている大輔に、タケルが温度の低い声をかけた。向けた視線も冷えている。
「……」
「『遊び場』っていうのはどういう意味だ」
 瞬間冷却された後輩はあえて無視。太一は宙に浮かぶ敵の姿を睨みつけた。
「聞いたとおりですよ、八神太一さん」
 向けられた視線の強さにまったく動じることもなく、帝王を名乗る少年は口元を歪めた。
「あなたの後輩の子供たち、放っておくといろいろとオイタをしてくれるんで困ってね。かといって、毎回付き合っているほどボクも暇じゃない。───だから、かわりに遊ぶ場所を作ってあげたんですよ」
「それだけにしては、ずいぶん手のこんだ作りをしているようですが」
 いつも通りの丁寧な口調ながら、割り込んだ光子郎の声は硬い。
「子供はエネルギー消費の激しい生き物ですよ。それとも、あなたがおやつでも用意してくれるんですか?」
「さすがは泉光子郎さんですね。もうそこまで解析していましたか」
 ぱちぱちと、カイザーが手を叩く。いくらかは本当に感心しているようだが、わざとらしくフルネームを呼ぶあたり、基本的に馬鹿にしていることに変わりはない。
「でも、先輩がたがいるのなら、そのくらい、ボクが心配せずともよいでしょう」
 その言葉に、あの旅のメンバーの顔が一様に強張った。
 
 ───確かに自分たちには3年前、この世界で生き抜いた経験がある。
 だが、闇の力をもて遊んでいる者にそれを言われたくはない。
 
 ましてや、光子郎はそんな表面的なことを言っているのではなくて。
「……勝手なことを言うな」
 太一の隣に進み出たヤマトがぼそりと言った。弟以上に低い声は怒っている証拠。
「ガブモン」
 パートナーを呼ぶその手には、すでにデジヴァイスが握られている。
「だから、子供の遊び場を壊すなと言っただろう」
 落ち着いた様子でそれを見下ろして、デジモンカイザーはうすく嘲笑った。
 そうして指を鳴らす。
 
 ―――次の瞬間、地面が揺れた。
 
 
「……くっ」
 片膝を地面につけた姿勢で振動に耐えながら、右手の中に視線を落としたヤマトが、口惜しそうに唇をかんだ。
 青く光るはずの彼の聖なるデヴァイス。だが……光らない。
「ヤマト」
 その肩に触れたのは、サッカー部員の強靭な足腰で立ったまま揺れに対抗している太一。
 ヤマトに片手を差し出しながら、反対の手で彼方を指差す。
 
 緑のない、禿げた山の頂きで巻き起こる土煙。
 ───その中にぼんやり見える、細長い、尖った印象のシルエット。
 
「ダークタワー……か」
 差し伸べられた手を借りて、ヤマトはゆっくりと立ちあがった。
「それも一本だけじゃねーみたいだぜ」
 振動がおさまっていくのにつれて。
 木々の枝の向こうや小高い丘の影にも、同じように土煙が舞っていることがわかる。
 ぐるりとまわりを見渡した太一の表情が、さらに厳しさを増した。
「本当は他のエリアに使おうと思っていた分を、あなたがた用にわざわざ運ばせたんだ。感謝してほしいな、中学生のお兄さんがた」
 闇の塔の創造主は、変わらず宙に浮かびながら、楽しげにくつくつと笑い続けている。
 
「……てっめえ、いい加減にしやがれっ!!」
「あ、大輔くん!」
 突然、怒声が響く。続いてざっと地面を蹴る音と、制止の声。
 ジャンプした大輔の拳が、歪んだ笑みの浮かぶ口元へと叩きつけられようとして、
 
「へ?」
 
 ───すり抜けた。
 
 思わず固まったまま、顔面から着地する大輔。
「あーあ。あれ、立体映像だってば」
「……先に言え……」
 呆れた口調のタケルに言い返す声は、やけにくぐもっていた。顔を押さえているところをみると、鼻でもぶつけたらしい。
「本当に単純だな、本宮大輔」
 デジモンカイザーの精密な映像は、その様子を馬鹿にした目で眺め下ろし、
「さて。さっき言ったとおり、ボクは忙しいんでね。そろそろ失礼するよ」
 ふっと消えた。
「あ、こら待てデジモンカイザー!」
 反射的に叫んだ大輔に答えるかのように、声だけが降ってくる。
 
「そうそう。遊び相手がいないと寂しいだろう? ボクがお相手を用意してあげたから、心置きなく遊んでくれたまえ」
 
「……遊び相手?」
 一瞬怒りを忘れて、大輔が首を傾げる。
 その意味はすぐにわかった。
 
 
 
─ ◇ ─

 
 
 
「―――ヒカリっ!」
 
 狙われたのは、子供たちの集団の一番外に居た者だった。
「きゃあっ!」
 とっさに小さな身体ごとぶつかって、テイルモンがパートナーを移動させる。
 空いた空間で、飛んできた何かが炸裂した。ばらまかれた尖った破片を、ネコパンチが素早く叩き落とす。
「ヒカリ!」
「……だ、大丈夫」
 兄の声に、地面に転がったヒカリはなんとか声を返した。それから、パートナーに礼を言おうとして、
「ありがとう、テイル、モン……?」
 彼女が戦闘態勢に入っていることに気づく。
 
 ───鋭い視線の先には、無数に蠢く巨大な影。
 
「デジモンが、いっぱい……」
「皆イービルリングに操られていますね」
 ヒカリのつぶやきに、冷静な口調で光子郎が応えた。
 
 
「遊び相手って、こーゆーコトかよ……あんの野郎っ……」
 起きあがった大輔は、埃まみれの身体もぶつけた鼻も忘れてひくく唸った。
 いいようにあしらわれたことにも腹が立つが、何よりも、大切なあの少女を傷つけようとしたことが許せない。
 怒りのままに、パートナーへ振り向こうとして、
 
「ここは、逃げるぞ」
 
「太一先輩!?」
 動きを止めた。
 
 気づくと、仲間たちは森の方へと撤退を始めていた。ヤマトと光子郎が、それを誘導しているのが見える。
 既に、大輔とブイモンの居る位置が最後尾だった。
 アグモンとともに駆け寄ってきた太一は、接近してくるデジモンたちを牽制しつつ、大輔の肩を押した。
「大輔」
「……」
 うつむいた大輔は答えない。かたく握りしめられた拳が、その心情を物語っている。
 
 ―――そんな彼の頭へ、ぽんと手が乗せられた。
「大輔。さっきの光子郎の説明聞いただろ。ここであいつらの相手して、力使い果たすわけにはいかない。……わかるな?」
 続いて降ってきた声。それは、厳しさを含んではいたが、決して高圧的ではなく。
 太一が今どんな表情をしているのか、大輔には見なくてもわかるような気がした。
 きっと、サッカークラブの時に何度か見たことのある顔、なんだろう。
 いろんな表情を持つこの先輩の、憧れているところのひとつ。
 
 そう、それは……リーダーの顔。
 
「……はい」
 ぐっと拳に力をこめた後、大輔は上を向いた。見下ろす茶色の目をまっすぐに見返して。
 すこしだけ穏やかな表情になった太一が、今度は肩を叩く。
「先に行け。ヒカリたちを頼むぞ」
「はい!!」
 力いっぱい返事をして、大輔は走り出した。
 
 
 

Act.3 Finished.

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一ヶ月以上も間空いてしまいました……すいません(汗)
というわけで(何が)このタイトルになってます。タイトル考えるの苦手なんですが、今回はネタが決まってましたから、すんなり決まりましたね。
例によっての光子郎講座ですが、この話だけのマイ設定になると思うので信じないでください(をい)
 
あいかわらず大輔書くのが楽しいです(笑)そして、カイザーくんをいかに悪役らしく書くかで苦労しましたが、なんかタケルのほうが黒幕っぽいのは気のせいでせうか(自爆)

2001.05.31(改訂2004.04.13)